お秋 いゝえ、今、此処に居る訳ぢや無いわ。ゆうべ来て、二人とも初ちやんを戻して呉れつて言ふのよ。
初子 杉山さんは、匕首なんか持つてゐなかつた?
お秋 匕首? どうしたのさ? ぢや、そんな――。
初子 えゝ、それで、私達を以前から、おどしつけてゐたのよ。
お秋 さう、そんなに――。だけど、そんな事、何でもありやしないわ。子供だましだわ。
初子 えゝ、そりや、私だつて、今更、まさか小供ぢやあるまいし、そんな物、こわくも何ともありやしないんだけど――。それから、それ位のことで町田さんの家を出て来たんぢやないんだけど――。
お秋 どうしたのさ? あんな、――あんなにまで無理をして一緒になつた、あんた達がさ、――どうしてまた? ――。大体、町田さんから聞いたには聞いたんだけど――。
初子 あの人は可哀さうよ。実家とは私のためにあんな事になるし――。それに、あんな身体で夜まで働きに行くんだもの。――あたし、それを思ふと――。
お秋 ――だつて、そりや、好きな女と一緒に暮すために、町田さんが自分ですることだもの、あたりまへだわ。あたりまへとは言へないまでも、とにかく、それはそれでいゝぢやないの。――それつぱつちのために、初ちやんが、なにも――。
初子 えゝ、それは、そんな訳から私、出て来たんぢや無いわ。――あの人が可哀さうに思へたからつて、それだけぢや無いわ。それだけなら、私、飛び出したりしやしないわ。かへつて傍にゐるわ。――さうぢや無いわ。それよりも、杉山が、それこそ、しよつちう内へ来るの。どんなに引越しても、直ぐに捜し出してやつて来るの。まるで蛇よ。
お秋 えゝ、聞いた。
初子 そのたんびに、町田が苦労するの。私だつて、どんな嫌な目に逢つたか知れやしない。――しかし、それだけなら、いゝのよ。あれから、六ヶ月余りも、それを辛抱したんだけどそれだけなら、私、一生でも辛抱出来たんだわ。――しかし、私、考へたのよ。――私はもともと、さう、秋ちやんと同じ様な、沢ちやんと同じ様な女だわ。そんな女なんだわ。身を持ちくづした、仕様のない女だわ。――杉山が、私に、町田さんと一緒になつてからまでも、私に附きまとふのは、それは、勿論、杉山が仕方の無い悪《わる》で、金を取るためなのは解りきつてゐるんだけど、しかしねえ――。
お秋 ――。
初子 しかし。――私考へたわ。もしかすると、私だつて、同じ様
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