てらあ。ケガでももしあったら、どうしる気だな、ホントに――
かつ すんましねえ。いくら止めても、どうしても行くつうて――行かせねえと三日も四日も変テコが治らねえもんだから――
そめ おらが悪い。おらが悪いんだからよ。
馬方 子供の可愛いいのは知れたこんだ。まして老い先きの短けえ婆さまが伜にこがれるのは、誰だって察しが附いてら。だのによ、そうた聞き分けのねえのはおめえ、ツラ当てが過ぎるだぞ。そうでなくても、近ごろの世の中なんて、おめえ、カンにさわる事ばっか多くて、誰彼なしにムシャクシャ腹だあ。何事が起きるか知れたもんでねえぞ。
かつ すみません、よ――これから、よく気い附けてナニすっから。
馬方 なによ、怒って言ってんじゃねえ。どうだ、車さ乗って行くかお前さんら?
かつ いえ、もう直ぐそこだけん。
馬方 ほうか。じゃま、やい歩べ――(馬がポカポカ歩き出す。空車の音)
かつ ありがとうございましたよ。
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ガラガラと遠ざかって行く荷馬車。
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かつ ……さ、婆さま、早く帰るべ。あんまり遅いで……じょうぶ心配したよ。めしの支度途中で、がまん出来ねえで、かけ出して来た。
そめ すまなかった。こらえてくんな。……
かつ 小僧はお前が居ねえで一日グズグズ言うしな。先にマンマ食わしたら、今日はもう、こうだ。
そめ おうおう、可哀そうに。眠りこけてら。どれどれ、おらにおぶせろ。
かつ いいよ、婆さま、くたびれてら。
そめ なあに、おらがおぶいてえからよ。
かつ そうか、んじゃ……こら小僧。(言いながら、おそめに、おぶわせる。ムニャムニャと寝言。鈴がコロコロ)大丈夫かえ?
そめ なあに、よ。……(二人歩き出す)
かつ まん中歩かねえと、暗えから、危ねえぞ。……ほら、内の灯が見えら。
そめ 源次郎、タンボから、あがったかや?
かつ たった今、あがった。(二人歩く)
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遠くで馬方の歌「はぁああ、伊達と相馬の――」が風に流れて来る。
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そめ ……ホントニ、お前にゃ、すまねえよ。……でも、知っちゃいるんじゃが――どうしてもジットしておれなくってなあ。お前にも、源次郎にも、みなさまにも、迷惑かけて――もうもう行かねえから、こらえてくんな。
かつ ……なあによ、来月も又、行くがええよ。別に人さまに悪い事するんじゃなし――へえ、末ちゃんが戻ってくるまで、通うさ。なんなら、こんだ、おらが附いて行かあ。フフ、フフ。
そめ ……すまねえ。どうしておら、こんなアホずら、よ。
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二人歩いて行く。コロコロコロと鈴の音。
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馬方 (はるかに、切れ切れに)――はあ、コレワノセ、と。花は相馬に、実は、伊達に、はあ、イッサイコレワノ、パラットセ――



底本:「三好十郎の仕事 第三巻」學藝書林
   1968(昭和43)年9月30日第1刷発行
初出:「人間」
   1953(昭和28)年6月号
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2009年1月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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