だな、こんなえれえ目に逢わして筋が立つかなし?
吏三 おい川本さん、そんな大声出して、お前さんまでそんな――此処はソビエット大使館じゃねえだから。
農夫 だってよ、腹が立つからよ! なんてえ話のわからねえ連中だあ!
そめ (ハラハラして)いえ、あの、いいえ、そんな腹が立つなんて――腹なんぞ、まるでへえ、そんな――今まで末吉が生きていただけでも、なんとお礼を申してよいかわかりませんですから、そんな――どうぞまあ、ですから、この上のお願いに、どうか一日も早くお返し下さりまして――
農夫 見ろま、この人の姿を――ロシヤ人だって人間ずら!
吏員 困るよう、お前まで、そんな怒鳴り出しちゃ――お前はカリンサンの事で来たんじゃねえかい、そんな――
農夫 そうともよ! カリンサンにしても、この婆さまにしても同じこんだ。どうしてこねえに話のわからねえ奴ばっかり居るだい世の中には!(ドシンと受付台を叩く)
吏三 と、と! インキが飛びやすよう。そんなお前、カリンサンと婆さま、いっしょくたにして昂奮したって、だな――
助役 どうしたな?(奥から受付台の方へ歩いて来ながら)……やあ、おいで。
農夫 こりゃ、助役さんでやすかい。いえね、この婆さまの事に就てでやすね、あんまりキモが煮えるもんで――
助役 ああ又来てるな。(農夫に)いやあ、わしらもキモは煮えているんだ。問題はこの人だけじゃないからね。この村だけでも、ほかに、まだ引上げて来ないのが六、七人あるんだから。だから、世話部や引揚援護庁や、その他、司令部や大使館だのへ、それぞれ嘆願書や調査願など、出来るだけの手は尽してある。あっても、しかし、どうにもこれが相手のある仕事でなあ、相手がお前、ウンともスンとも返事をくれねえだから、当方としては、これ以上どうにも出来ないんだ。(おそめに)だからなあ、あんたも、そうヤキモキしてだな、此処へそうやって来てくれても、どうにも出来ねえだから、つらかろうが、もうチットしんぼうして、内で待っていてくだせえ。な! とにかく、息子さん生きているだけはチャンと生きているんだから、そこん所は安心してだ。なんしろ、へえ、シベリヤと此処じゃ、いくらヤキモキしても喧嘩にならないんだから、もっと落ちついてだなあ――
そめ よっぽど、その、シベリヤつうのは、遠いんでしょうか?
助役 そりゃ遠いなあ。何百、いや何千里かな――
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