の室からの話声に聞き入っている)
[#ここで字下げ終わり]
私 (もうかなり話して来たあと)……いや、私の言っているのは、そんな事じゃ無いんだ。
須永 (静かで、昂奮のあとはない)……ですから、あい子は、もしかすると自分でも気が附いていないと思うんです。
私 あい子?
須永 ああ、まだ言ってませんでした。あい子と言うのが本名なんです。本名で芝居などしてはいけないと家で言われて、ミハルと言うのは、劇団はじめる時、僕が附けてやった芸名です。ホントは魚のアユの鮎子です。
私 いやいや、私の聞いているのは、そんなことじゃない。
須永 ですから……その、あい子はまだ自分が死んだんだという事を自分で気が附かないでいるんじゃないかと思うんですよ。僕にはそんな気がするんです。
私 君の言っている事は僕にはわからない。
須永 そうですか? でもあなたは、奥さん亡くされて、そうは思わないんですか? 奥さんはご自分が死んだという事をまだ知らないでいられるんじゃないか? そう言った、つまり……いや、そうですねえ、あい子や奥さんだけでなくです。死んだ人はみんな――いや、こうして生きている僕らも、実はもう死んじま
前へ 次へ
全164ページ中76ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング