由はある。ピストンに加えられる圧力が極限に達しても、空気が他の通路へ放出されないならば、チューブは爆発するだろう。そんなピストンは初めからピストンではない。ピストンならば通路は有る。通路は圧力が極点に近くなった個所、窒息の間ぎわの瞬間に有る。……二十五時の所に一人の人間が立ち得るならば、百人の人間が立ち得ない筈はない。百人の人間がそこに立ったのならば、それは二十五時ではなくて、午前一時だ。三十八度線は線だから幅は無い。幅の無い所に人は立てない。しかし人は三十八度線を頭で考えることが出来るならば、どうしてそこに立てない事があろうか。そこに立った次ぎの瞬間に死んだとしても、五秒そこに立ったと言う事は五十年でも立てるという事だ。……そうだ。イエスかノウかを決定することは、いつでも出来る。第一の道を歩もうと第二の道を歩もうと、たやすく出来る。われわれは既に力の前では奴れいだ。その力がいずれの側の力であろうと、大した変わりはない。決定はやさしい。大事なことは、そして困難なのは、決定を最後の時まで、圧力が極限に近くなる時まで、窒息の間ぎわの、そのトコトンの所まで引きのばし、持ちこたえることだ。引き
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