ために、今の変な病院なんかにも、がまんしてつとめているわけでね。現在の日本のそう言った施設など、ちょっと来て見ればわかる。実にもう成っていないんだ。たとえばサナトリアムだけを取って見ても、大体、テーベーに対する局所的な、しかも主として対症療法を、主として、結局一言に言うと、クランケを唯寝せとくと言うのが大部分ですよ。ホントは、ホントのサナトリアムと言うものは、人間の生命全体、と言うよりも人間が生きるという事全体の意味と方法を掴むための実際的指導をする所でなければならんのだ。病気が治っても、人間として廃人が出来あがっても無意味なんだから。それを今の大概の医者は忘れている。テーベーのホントの処理は、テーベーだけの範囲のことを、いくらいじって見ても、結局は何の答えにもならない。私はそう思う。私は自分のサナトリアムで、全く新らしい、つまり、人間が生きると言う事全体の中での一プログラムとしての病気と言うものを――だからテーベーとは限らないんだ――そいつを考え、解決して見たい。そこから――(いつの間にか熱中して話しつづける。調子がいつもの舟木と少しちがう)
織子 もうよして! お願いですから、もう
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