てする事だから――
モモ だって広島では、だあれも武器なんて持ってはいなかったわ。あたしは公園の砂場で泥でオダンゴこさえていたのよ。そこい、ピカドンおっことした人が悪くない?
省三 モモちゃんの言う通りだ! 審判を下し、悪をきゅうだんし得るのは誰かと言う事だ! 千人殺した人間が三人殺した人間を審判する事が出来るのか? モモちゃんに答えて見ろ! チャンとモモちゃんに答えてから、その後で須永君を罰するがいいんだ!
須永 (弱りきって、膝を突いたまま、何度も頭を下げる)いいんだ省三君! 頼むから。モモコさんも、そんな風に言わないで下さい。お願いだ。僕はもう死んだ人間です。それが、ヒョッと此処へ来て、そして、僕は急に、自分が急に、なんだか、はじめて生きはじめたような気がして来たんです。そして、あなた方の方が、みんな死んでいる人たちのように見えて来たんです。モモコさんは別ですけど。そいで僕は、はじめて世の中に生れて来たような、とても自由な気がして、うれしかったです。お礼を言います、皆さんに。ありがとうございました。でも僕はもう行きます。これ以上迷惑かけちゃ悪いですから。……だから言うんだけど、省三君、君は革命をやって下さい。それは良い事だと思う。そのために人が死んでも、それから君自身が死んだとしても、とにかく人間は今のままでは、やって行けないんだから、どっか何かを変えなければ、もうやって行けないのは事実だから、多少は痛い思いをしても革命でもなんでも、やって見ないよりはやって見た方がよいと思います。そのため人間が半分ぐらい死んでも、後の半分が残ってれば、なんとか、やって行けるんじゃないかな。やって見るのがよいと思う。しかしね、それには、自分自身の事は全部棚の上にのせて置いたままでは、いけないんじゃないかしらん? でないと、物事をひっくり返す前に自分がひっくり返るんじゃないかな? たとえば、君怒っちゃ困るけど、君は房代さんに、あの、惚れてるんじゃないのかな?
省三 なんだって?
須永 怒っちゃ困るよ。ただ僕にはそう見えるもんだから。そうだろ?
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(省三は黙って須永を見守っているだけ)
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モモ そうよ! そうよ! 省三さんは房代さんが好きなのよ!
須永 そんならだなあ。それを自分で認めて、して、房代さんにもそう言って、一緒になるなり、なんなりして、そいで、そこから君のする事すべてをやって行ったら――そうしないと、僕みたいになっちゃうよ。――いや結婚して身を固めてからほかの事をすると言ったような、そんな意味でなくだよ、そうでなく、自分の事とそれからほかの事との持って行き方の事なんだけど――
舟木 たしかに、それはそうだ。たしかに、愛情の問題に限らず、自分自身のもっと自然なあり方と矛盾しない形で、つまり自身から自然に押し出された形で、省三が事をするならば、政治運動だろうと何であろうと、私にもわかる。それなら私も反対しない。
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(そうして、シャツもズボンもズタズタの姿で膝を突いている須永を中心に、まだ死んだように寝ている柳子の姿をわきに、一同が半円形に立って語り合っている有様は、ちょうど殺人犯人が審問にかけられているように見える。しかし又それは、一同が犯人から審問されている光景とも見えないことはない)
(そこへ、階段に音がして、フラフラの若宮が、ほとんど土気色の顔をして、房代に助けられながら降りて来る。一同ふり返ってそれを見る。省三は思わず一二歩進み出して、これは房代ばかりを見ている)
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舟木 ああ、ジッとしている方がいいがなあ。
房代 (父のわきの下へ手を廻して、かかえるようにして光の輪の所へ来る)あたしもそう言うんですけど、どうしても来ると言って――
若宮 ……(唇がほとんど黒紫色になり、まるで面変りしてしまっている。激しく喘ぎながら)す、須永君は、どこだ? (見ているのにわからない)
須永 ……(相手の様子が変ってしまったのにびっくりして)あの、どうしたんです?
房代 (須永、舟木、私と次々と眼を移しつつ)脈のけったいが、ひどいんですの。今夜中に、あの、死ぬんだと、自分で言うんです。……(舟木は寄って行き若宮の脈をはかる)
若宮 (キョトリとした眼を私に移して)わかったんですよ。もう間も無く死ぬ。
私 いや、そんな。――しっかりしなさい。
若宮 ……(須永の顔をやっと見つけ出して)須永君、聞かしてくれ。全体こりゃ何だ? え? 全体こりゃ、どう言うわけなんだ? え? 君にゃ、わかっているんだろ?
須永 僕にはわかりません。
若宮 だって、君はもうとうに死んでるんだと、さっき言ったろう? わしは、もう直ぐ死ぬんだ。恐ろしい。……わしはどうすればいいんだ?
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