るようなもんじゃなくなる。喧嘩は両方でしたんじゃないか。誰か烏の雌雄を知らんやと言ってな。片っ方が、その、百パーセント正しくって片っ方が百パーセントまちがっていたなんて喧嘩があるかね? 歴史の審判は公平ですよ。東京裁判はまちがう事あ有ったとしても神の審判はまちがいません。
房代 ほら、よっぱらっちゃった。
若宮 酔やあしない、たかがこれっぱっちの酒でお前。だから、どうだ、投資しないか?
房代 おことわり。
若宮 もうけさせてやるんだよ?
房代 信用しないの。いえ、お父さんだけでない、もう世の中の誰も信用しないの。
若宮 すると、何をお前は信用する?
房代 そうね、ドルは信用する。
若宮 え、ドル?
房代 ドル。
若宮 ああドルか。……どうりで、ドルを持った恋人を次ぎ次ぎとこさえるんだね?
房代 悪いの?
若宮 悪いとは言わない。いっそ、お前のやり方もハッキリして良いと思ってる。ただねえ、こんな風になったお前を、お豊が生きていて見たら、ぶったまげるだろうと思ってな。
房代 お母さんの事は言わないでよ。
若宮 なんしろお前、毎朝房ようじに塩を附けて歯あ磨かないでは磨いたような気がしない、俺が場立ちに出かける時あ、かかさず、うしろから切り火を打ってくれると言った女だ。自分の生んだ娘が、そう言った、ナイロンの脚を投げ出して、爪を真紅に染めながら、親父に向って、ドルと恋愛なんて言ってるのを見れば、こりゃ、気絶するね。
房代 ふん。……(向うのジャズソングを低く鼻歌で)
若宮 ハハハ、わしは違う。わしは、これも良いと思ってる。ここんとこ、十年二十年、日本はまあ、何とか国日本県と言うとこで、先ず殖民地となった。わしはそう見る。今さら泣いても笑っても、できた事で致し方なしだ。して見れば、若い娘が、これまた、そんな風になるのも、これ、あたりまえ。とにかく、生きては行かなきゃならんからな。
房代 もういいかげんにウィスキイ、よしたらどう? 今に腎臓が破裂するわよ。そうよ、生きてだきゃ行かな[#「生きてだきゃ行かな」はママ]、ならんだわ。お父さんの腎臓はお父さんが思っているより悪くなっているのよ。舟木さんが言ってたわ。
若宮 ふふ。……しかしなあ房代。恋愛は自由だがね、この、なんだよ、眼色や毛色の変った子を生むのだけは、まあ、よしにしといた方がよかろうぜ。そういう、わしから言えば孫だな、
前へ 次へ
全82ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング