だ。
織子 よして下さい! そんな、あなた、よして!
浮山 よしてくれ! よしてくれ! 君と言う人間は何をするかわかない!
舟木 一本注射を打って人間を永久に狂人にする薬はまだ発明されていないよ。又この場でこの人が死ねば、君たちが証人で、俺はしばられる。ハハ、強心剤と鎮静剤を打っとくだけだ。(ニヤリと一同を見まわしてから、注射する)
織子 あっ! (自分が注射されたように全身をビクンとさせる)
省三 上にかついでいこう。
舟木 いや、いっとき、このままにしとく方が良い。……(注射器をしまいながら)織子、お前はそれほど俺が信用できないのか?
織子 わかりません。ただ、私は怖いの。
舟木 俺がかね? ……それなら離婚してもいいよ、お前は以前から、神さま以外は誰も信用しないし、誰も愛さない。人間は誰も彼もお前にとっては、いかがわしい、疑わしいものなんだ。俺もいかがわしい人間だ。しかし、ほかの人と、それほど変っちゃいないよ。大概こうだよ人間は、慾と野心のかたまりだ。それを許さないのは、お前の神さまだけだ。お前が俺を怖いならば、俺はお前の神さまが怖い、つまりお前が怖いとも言える。遠慮はいらないから、出て行ってくれ。
私 つまらない事言うのはよそう、舟木君。気が狂ったのではなかろう?
舟木 存在しているのは時代々々のノルムだけだと言っただろう? 俺が狂人でないと言う証拠は、どこにも無い。二十世紀の人間は一人残らず、十六世紀の人々の前へ連れて行けば、狂人さ。
省三 兄さんの愚劣な、猿のニヒリズムだ!
舟木 俺が猿なら、お前は豚のだろう。マルキシズムなどを、ギリシャへ持って行って見ろ、いっぺんに狂人の思想だと言われる。
省三 又言うか、猿! (兄に迫って行く)
須永 ……(さき程から一同のまんなかに立たされて、皆の話をオロオロしながら聞いていたが、この時、しゃがんで、膝を突いてしまって)どうか、あの、許してください。僕が悪いんです。僕がここへやって来たもんだから、――僕がいけないんだ。許して下さい。僕はもう出て行きますから。
モモ ちがってよ! 須永さんが来たからって、誰も――いえ、みんなふだんより正直になっただけだわ。
浮山 モモコ、お前はだまっていなさい! 須永君は殺人を犯している。
モモ ほかの人だって何十万人と言う人を殺したのよ。
浮山 それは戦争だ。戦争は互いに武器を持っ
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