て来ちや、なだめたりすかしたり脅迫したりしてゐるらしいわよ。此の十日ばかり町会の方の弁護士まで来やがつて、その言ひ草が良い、町内の平和を乱す恐れがあるから、いい加減に譲歩して貰ひたいだつて。大食堂を建てるんだかなんだか知らないけど、金さへあれば、何でも横車が通るかと思つて、ほんとに町内の平和が聞いて呆れるわよ!
修 いづれ、地主や今度の経営主から町会の方へも渡りが附いているんだらう?
ミル さうかもわかんない。それに、くやしいぢや無いの、階下のバーのおやぢまでがさ、あれはお父さんのズツと前からの知り合ひだとかで、店を出す時なんか金を拵へてやつたり随分面倒を見てやつた奴よ。
修 くやしいな、金が欲しいなあ!
ミル こんな時、兄さんがゐてくれたらなあ。
修 でも乱暴な人だつて言ふぢやないか、お父さん今話してたけど、会ひたくないつて言つてたぜ。
ミル 嘘、口ぎたなく言つたつて、本当は兄さんの事を恋しがつて会ひたがつているのよ。そんな人よ、お父さんて人は。兄さんが四年前に仲間の顔役を喧嘩で斬つちやつてね、土地に居られなくなつた後、しばらくと言ふもの、夜になると「彦一、彦一」つて、寝言を言ふのよ。
修 今どこに居るんだ?
ミル わかるもんか……
修 ……そりやさうと、あのお辻さん少し変だと僕は思ふがなあ。僕さつきねえ――。
ミル え? 変?……(少しギヨツとして、相手を見詰める)
[#ここから2字下げ]
そこへドアからお辻が、だるさうに歩み入つて来る。
[#ここで字下げ終わり]
お辻 ……いよう、御両人!
ミル 帰つたの? 白木の奴!
お辻 白木ぢや無いのよ、此の屋台を取壊しに来た仕事師だつてさ……あゝあ。……お父さんは? 便所《はばかり》?
ミル うゝん、ソバを買つてくるつて出てつた。
お辻 ふうん、外へ? さう……
[#ここから2字下げ]
四辺をキヨロキヨロ見廻してゐたが、なにか一人でうなづき乍らドアの方へ走り出し階段へ消える。
[#ここで字下げ終わり]
ミル どうしたんだろ? おかしな奴。
修 ……僕はね、もつと勉強するよ。秋迄にはキツとソロを唄へるやうになるんだ。そしたら給金だつて八十円ぐらゐにはなる。それだけ有りや倹約すれば二人でやつて行けると思ふんだ。ねえミル! ミル!(抱く)
[#ここから2字下げ]
ミルは鼻を鳴らすが、しかし拒みはしない。間……不意に、開いたままになつてゐたドアから、ハンテン着や、ボロボロのコールテン服や、少しはましな洋服を着たりした、ルンペンとも暴力団とも附かない五人の男達がザザツと入つて来る。修とミルが抱き合つて立つた姿に足を停めるが、忽ち畳敷の方へあがり、押入を開けたり、乏しい家具に手を掛ける。ミルと修は立ちすくんでゐたが、やがてミルが五人の方へ行く。
[#ここで字下げ終わり]
ミル なにをするんだ!
[#ここから2字下げ]
五人は歯牙にかけず、一人はニヤリとしてカーテンをベリベリと引きちぎる。ミル飛びあがつて行き人夫につかみかゝる。そこへ彦六が裏梯子の方から押入の横へ現はれる。右手に一合瓶、左手にシユーマイの皿を持ち、立停つて皆をウツソリと見廻してゐたが、やがてしづかに寝床へ行き坐る。人々の眼が、彼の上に集る。……やがて彦六は手を出し、懐中から取出したチヨコに酒を注いで飲み、シユーマイを、ボソボソ食ひはじめる。一言も口を開かない。周囲は石の様になつてゐる。……鉄造の顔がドアから覗く。続いてお辻。
[#ここで字下げ終わり]
鉄造 あゝ、いけねえ! 居るぢやねえか。(恐ろしくヘドモドして)全体これは――。お前たちあどうしようと言ふんだい? いづれ、白木さんの方のなのだらうが――
彦六 ふん……
お辻 (キヨトキヨト彼方此方を見てゐたが、急に大きな声で)何だい、人の家に踏み込んで来やがつて! おい! サツサと出て行つて貰はうぢやないか! ばかにしてやがる! (その見幕はたゞ事でない。五人の闖入者はびつくり呆れた顔、口を開けてお辻を見てゐる。少しも解せない様子)放り出すなら放り出して見ろつてんだ! チヤントかうして主人が居るんだよ! ふざけやがつて!
[#ここから2字下げ]
五人はゾロゾロ階段の方へ去る。終始無言だが、出がけに中の一人が「なあんでえ、話しが違うぢやねえか」と言ふ声がきこえる。
[#ここで字下げ終わり]
ミル 畜生め。(やがてお辻の方を向いて)お辻さん、先刻あわてて何処へ行つたの?
お辻 なにさ、旦那が一人でソバを買ひに行つたてえから、心配になつてね、ちよつとそこまで……なんだい。
鉄造 だが事態がこんなになつて来てゐるんだ。此方でも考へなくちや。ねえ正宗さん。
彦六 動けないんで弱つた。出て行くと言つたつて行く先もありませんしね。
修 ……僕、これで失敬します。
ミル さうね、おかげでお稽
前へ 次へ
全16ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング