が損さ、内の旦那なぞがそれですよ。はじめに、この建物中、全部で十三軒、これこれの事を先方でしなければ立退くまいと申合せをした際に、どうか代表者になつて掛合ひをやつて下さいと一言言はれたので、好い気持になつちやつて、わざ/\寝ちまつたりして頑張つてゐるんだからね。かんじんの頼んだ方ぢや、とうの昔に金を掴んで立退いちまつたのに! いい恥さらしだ!
修 だけど僕には此処の小父さんの気持は解るなあ。
お辻 なあに、意地になつてるんですよ。なんとか言やあ、むかしあばれてゐた時分の気になつてさ。まるきり、三多摩自由党の幽霊と言ふとこさ。
修 僕にはさうは思へないなあ、早い話が、これだけにやつてゐた店を叩き出されて、あと直ぐ、どうして食べて行けるんです? ミルちやんだつて、まだいくらも取つちやいないし――
お辻 そんな事まで私が知るもんですか……。(話しの間にジリ/\修の方に寄つて居たのが、フイと畳敷きの方へ三四歩行き、カーテンをジツと見る)……おやすみだ、フン、(低い声)……ねえ、修さん。
修 な、なんです?(相手の調子が急に違うので、びつくりしてゐる)
お辻 あんた、ミルの事、ホントに好きなの?
修 え? な、なんですか?
お辻 (肉の豊かな腰をユラユラさせる歩きつきで、修の傍へ)……いえさ、私だつて、かうしていれば、まあ、ミルの母分よ、でせう?……。気になるからさ。
修 そりや、なんです。す、好きです、非常に、僕は……
お辻 フフフ、非常に、か。さう? 非常に?
修 よ、弱つたなあ。
お辻 さう、母分は少し可哀想だつたわね。姉分。これでもまだ若いのよ、いくつ位に見えて、私?
修 ……(困つて壁の方へペツタリとくつついて)僕には女の人の歳はどうも……
お辻 (身体を修にこすりつける)言つたわね、えゝ、どうせ私はお婆さんですよツ。……ミルは、やつと十九、手も足もまだコリコリ固くて……フン。まだ綺麗なんでせう、あんた達?
修 え?
お辻 綺麗な附合いでせうつて、言つてるのよ。
修 そ、そんな、勿論です。僕、その内チヤンと此の方の小父さんにお願ひして、さう思つて――
お辻 あゝ酔つた。(片手を上げ、二の腕の辺まで覗かせて髪を掻く)おゝかゆい、私はね、修さん。
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修は殆んど怯えてしまつてゐる。カーテンの蔭でクスクス笑ひ出す声、お辻稍々ギヨツとして、カーテンの方を
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