いうことだし、つぎに、あなたのほうでもそれらに語りかけないわけにはいかないということです。
それから、歩いていると、しぜんにあなたの血行がよくなると同時に、歩行のリズムがあなたの心身に快感をあたえるということだし、しかし同時に速度が早すぎたり距離が遠くなってくるとあなたは疲労して不快になり、休まなければならぬということです。そして休んでいるあいだも、疲労が去ればふたたびあなたは歩かなければならないことを知っているということです。したがって、あなたが気持よく遠くの道を歩くためには、疲れすぎないうちに休み、休みすぎないうちに歩きだすのが、いちばんかしこい方法であることを知るということです。
それから、食物や飲物をとるときには、たずさえているものの全部を飲んだり食ったりしてはならない、かならず少しずつ残して進まなければならぬし、同時に、食物や水を手に入れうるところを通りかかったら、それらをいくらかずつでも手に入れるようにしなければならないということです。
さて、そのようにして歩いていくうちに、歩いていく当人のうえにも、その旅人に接触する土地々々の人びとのうえにも、いろいろのことが起きます。まず歩いていくわれわれは、日本という国の自然が美しいことがわかってくる。
それから、あんがいに広い国だということがわかってくる。そして、あの山もこの川も人の手がくわえられ、あの野原もこの岡もよく耕されていることから、ながいあいだにわたって、日本人たちは日本の土地を愛撫してきたことがわかってくる。そしてさらに歩みすすんでいくうちに、日本がじつにせまい国であることがわかってくる。そして、どちらへ進んでいっても、まもなく海に出るということがわかってくる。
それから、通りすぎていく村や町で耳にするその土地々々の人びとの言葉から、日本語というものが、ひじょうに豊富なニュアンスと変化を持った国語であることがわかってくる。
それから、日本の山河や人びとの気分や暮しが、敗戦のために崩れこわれて、ひじょうに荒れてしまったということがわかってくる。にもかかわらず日本と日本人は、あいかわらずそこにあり、そのよいものの基盤はほとんどゆるがないで残っていることがわかってくる。
そして、悲しくさびしくなると同時に、根源のところでは、シッカリとした自信や自尊心などを抱くことができてくる。それから、この地
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