ふ事だつて出来ると思つてゐた。嘘ぢや無い、さう信じ込んでゐた。どう言ふわけでさう思つてゐたか、わからん。少し気狂ひじみてゐるかも知れないが、とにかくそんな人間だつた。……そいつが、美緒を見てゐて少しづゝくづれて来た。……いやまだくづれたわけぢや無いが、もしかすると此奴はと言ふ疑ひがチラツと射すやうになつて来たんだ。そのトタンに画を描くのが詰まらなくなつちやつた。……つまり俺の画の一番根本的な要素は、今言つた人生に対するいはゞ盲目的な信頼だつたんだね。美緒の事でその信頼の根本がゆるんだ、……俺の画の根本まで一緒にゆるんぢやつたんだ。……わかるかね?……いや、女房がもしかすると死ぬかもわからない、死んぢまへば画を描いたつて始まらないと言つた風の悲観論では絶対に無いんだぜ。そんな悲観論なんか俺あ持つとらん。まして、女房が生きるか死ぬかの病気なのに画でもあるまいと言つた風のヘナヘナした量見なんかぢや無いんだ。そんな事を感じてる暇なんか俺にや無い! そんな悲観論やヘナヘナ量見とは、まるつきり別物なんだよ。もつと本質的な絶望と言つたやうなものだ。その証拠に、此の春あたり、美緒が毎日喀血して殆んど息
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