も同じ事ばかり言ふやうで済まないけど、もう半月、この月末まで待つてくんないかなあ。頼まあ。月末になれば何とかして、と言つても勿論百五十円そつくりとは行かないが、溜つてゐる利息の分と、元金の中からせめて五十円でもなす[#「なす」に傍点]やうにするから――。
尾崎 なんだい、君あ先刻から、その事にばかりこだはつてゐるが、僕は今日は催促に来たわけぢや無いとこれ程言つてるぢやないか。そりや勿論、多少でも何とかして貰へれば、僕の方も目下融通が付かなくつて弱つてゐるんで大助かりだが、今日の主眼点はそれぢや無いんだ。
五郎 ……でも水谷先生の方の話は、とにかく、駄目だ。
尾崎 それが僕にはどうしても解らないんだよ。なるほど、久我五郎とも言はれた者が、今更水谷先生の門をくゞつてペコペコするのは不愉快なやうに思ふかも知れないが、水谷先生と言ふ人は、別にそんな人ぢや無いんだよ。それに何といつてもあれだけの大先輩だもんなあ。そりや君としては、今こんな風に言はゞ落目になつてゐる所を、一時君が仕事の上ではまるで弟子の様にしてゐてやつてゐた毛利さんなどの口利きで、水谷先生の所に出入するのは、いやかもわからない。それはわかるよ。毛利さんはズツと以前から水谷先生の所へ行つてゐたんだから、今度君が行けば、どうせ一応は毛利さんの下風に立たなきやならんだらうからね。しかし、そんな事を言つてゐた日にや人間どうにも運命の打開のしようは無いと思ふんだ。毛利さんだつて君んとこに通つてゐた頃に較べると偉くなつてゐるよ。良い画を描くやうになつたぜ。
五郎 ……毛利は、以前から良い画を描いてゐたよ。
尾崎 そら、君は直ぐにそれだ。……大体毛利さんがこの事では君宛に何度手紙を出しても君はロクに返事も出さないさうぢやないか。そいで、手紙ではラチが開《あ》かないと言ふんで、こうして説き付けに僕をよこしたりすると言ふのも、以前から受けた好意を徳としてゐるからだよ。そんな風にこじれて受取るのは、どうかと思ふんだ。
五郎 ……そいだけの好意が有れば、自分でやつて来たらどうだい? 俺達が東京から此処へ引越して以来、毛利は見舞ひに一度も来やあしないぜ。いや、うらんでゐるんぢや無い。画描きも羽織りが[#「羽織りが」はママ]良くなれば忙しくなるのは俺だつて知つてる。その点はむしろ、俺あ毛利のために喜んでゐる位だ。
尾崎 嘘だ。君はひがんでゐるんだ。そいぢやあんまりケツの穴が小さくは無いかなあ。毛利さんの方ぢや、いつも此方の事をシンから心配してゐるんだよ。
五郎 ……(すなほに、毛利に対して反感を抱いた事を自ら恥ぢて)うん、俺あケツの穴が小さい。近頃益々偏狭になつて来たやうだ。俺あなさけ無いと思ふ事があるよ。……でも仕方が無いんだ。……毛利にはよろしく言つてくれ。好文堂の絵本の仕事だつて毛利が見付けて呉れたんだから、俺が毛利の事を少しでも悪く思ふのは間違つてゐる……俺あ、ホントにありがたいと思つてゐるんだ。それだけで沢山だから、どうかソツとしといてくれと言つてくれ。
尾崎 ……さうかなあ。しかし……結局君がそんな風になるのは画が本当に描けないからだよ。だから、水谷先生の所へ行つて何か仕事を貰つて、金が出来りや道具も買へるし、暇も出来るし、自然――。
五郎 いや、金の問題ぢや無いんだよ。……画が詰らなくなつちやつたんだ。
尾崎 ば、ばかな! 君が、そんな――。
五郎 信じられないだらう。以前には画の虫と言はれた俺だもんなあ。でも事実、さうなんだ。……美緒がね、……実は美緒の事ホンの此間まで、俺は彼奴の病気は治るもんだ、どんな事があつても治して見せると思つてゐたんだ。どう言ふわけだか俺はさう思ひ切つてゐた。……いや、今でも俺はさう思つてゐるけど、でも近頃、ホンの時々、フツと、美緒はもう駄目になるかも知れない、どんなにしてやつても此奴は死んでしまふかもわからないと思ふ事があるんだ。……以前には唯何となく、俺がこれだけ大切にしてゐる奴が死ぬなんて筈は絶対に無いと思ひ切つてゐた。そいつが、つまり俺の本能的な信念が、少しグラついて来た。
尾崎 ……だつて、その事と、画が描けないと言ふ事に、どんな関係が有るんだい?
五郎 ……俺も始めは、関係なんか無いと思つてゐた。……ところが有るんだね。有る段ぢや無い、美緒の事も画の事も同じ所から来てゐるんだ。……つまり何と言つて良いか、生命の力と言ふのかねえ……医学だとか人間の意志の力だとか言つたものも含めてのだよ、この生命と言つたものに対して俺が無意識の裡に抱いてゐた信頼と言ふか信用と言ふか、勿論今から考へると妄信だね、……実は俺は子供の時から、人間がホントに一生懸命になれば、ホントに火の様になつてやれば、どんな事だつてやれない事は無いと言ふ気がしてゐた。それこそ地球を背負
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