、利ちやんは、気が早くつてどうも……(返事に困つてゐる)
母親 なに事も気のもんですからねえ。ね、恵子、この前よりも姉さん太つたぢやないか? この分なら、なあに、直ぐによくなりますよ。
美緒 (相変らずの母親の粗雑さにウンザリしながら、仕方なしに)さう、太つたでせう? 今にお母さんより太つて見せるから……(笑はうとするがベソをかいた様になつてしまふ)
母親 熱はどうなのかね? まだ有るの?
五郎 有るにや有りますけど、大した事は無いんです。……(膳を椅子のスソに置き、椀を二つばかり持つて立つて行きながら)僕、おかはりをついで来るぜ。(台所へ去る。そこで小母さんと二人でゴトゴト何かしてゐる)
恵子 (見送つて)五郎さんも大変だわねえ。
母親 さうさ。良くなさるよ。ふだんが偏屈なだけに、なんでもやるとなるとわき目もふらずやる事になるんだねえ。美緒さんも仕合せだよ、ね!
美緒 ……(母や妹にアツサリ夫を褒められるのが気に入らない。あなた方に五郎の事が何がわかるものかと言ふ気がある。冷笑を浮べて)さうかしら?……さうでも無いわ。随分乱暴な時もあつてよ。私が大きな声で喋つたりしてゐると、いきなりガーンと頭をやつつける事があるのよ。フフ。
恵子 だつてそりや、姉さんを大事にしてゐるからぢや無いの?
美緒 ……だつて、真青になつて怒鳴るわよ。
恵子 私なんか、そんなの、うらやましいな。津村なんか何か気に入らない事が有つても、私の事と言ふとニヤニヤニヤニヤしてゐるの、きらひ。五郎さんは画の方の仕事だつて犠牲にしちやつて、かうして姉さんの看病に没頭してゐるんだもの。偉いと思ふわ。さうぢやなくつて? 姉さんは仕合せだわ。こんな――。
美緒 ……(安つぽくベラベラと自分と五郎の事が喋られるのに次第に腹が立つて来て、イライラして来る。イライラしはじめると、彼女はその白い美しい両手の指をチラチラ動かしてハンカチや毛布や着物の襟など、手の届く物を取つたり離したりするのである。……妹の言葉を遮つて、いきなり別の事を言ひはじめる)そいで、今日はお揃ひで、どんな用事で来たの?
恵子 え、用事?……まあ。勿論お見舞ひだわ。母さんが来ると言ふから、私も暫くごぶさたしてゐたし、そいで――。
美緒 さう。……(母に)母さん、国の方の不動産の事でせう?
母親 えゝまあ、それも有つたけど。……利男が何か言つたのかい?
美緒 利ちやんは何も言ひません。……でも母さん此の前にもチヨツトそんな事言つてたし、……此の間から五郎に何度も手紙をよこしたのは、その事なんでせう?
母親 私の手紙をお前も読んだのかえ?
美緒 読みはしないけど。……五郎は手紙が来た事だつて言はないんです。……たゞ私がそんな気がしただけ。
恵子 (若いだけ母よりも敏感で、姉が底の方でかなり昂奮してゐる事を見て取つて)いゝぢやないの、母さん、来るさうさう、姉さんまだ御飯を食べてゐるのに、そんな話は後にしたつて。
母親 えゝ、そりや何も急ぎはしないけどね、キマリを付ける所だけは早くキマリを付けとかないと、利男だつてもう直ぐお嫁を貰はなくちやならない身体だから……。
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 言つてゐる所へ、五郎がお代りの椀と、それに更に新しいお茶の皿を持つて台所から出て来て庭に下り、美緒の傍に来る。
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美緒 そりやさうだわ。だから私――。
五郎 なんだ?……なんの話?
母親 いえね、こないだ中から言つてよこしましたね、名古屋の方の例の――。
五郎 (ハツとして、相手をさへ切つて)いや、それは、後で僕が詳しく伺ひますから、なんですよ、とにかく、美緒が飯を食つちまつて、それから、(美緒に)今度は豚とタマネギだ、うまいぜ。これが先刻のべつぴんの一件さ。アハハ。どうしたい?
美緒 ……(毒々しいやうな眼付きで、母親の方を睨んでゐる)
恵子 ……私達、海岸を歩いて来ようかな。(此の場の空気を取りつくらはうとして立上る)
母親 (鈍感のために他の三人の気持がわからず、却つて皆の調子が変になつたのにキヨトンとして見廻して)どうしたんですよ? 私はたゞ――。
美緒 (眼は母をまだ見詰めながら言葉は妹に)えゝ、さうなさいよ。海岸の方なら、病気が伝染る事は絶対になくつてよ。(神経的に二つ三つクツクツと笑ふ)
恵子 直ぐそんな風に取るのね、姉さん。ひどいわ!
五郎 美緒! (と妻のブルブル動いてゐる左手をグツと圧[#「圧」に「ママ」の注記]へつけて)さ、食へ、うまいぞ。(箸に食物をはさんでやる)
美緒 ……(まだクスクス笑ひながら)ビツコのタマネギね? フ、フ、私もビツコになつたら、どうしよう? (食べる)
母親 ビツコのタマネギとは何の事ですかね?
美緒 (終《つい》にこらへ切れず、低いが鋭い声で)母さん、母
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