んですけど、夜学の工芸学校に通つてゐるから、再来年の四月になれば技手の資格が取れるんです。この仙ちやん(と少女一を指して)は、松尾の食料品部につとめながら、洋裁習つてゐます。そいから、唱歌がチツトも歌へなかつた時ちやんね、あの子は、こないだ新京の何とか言ふデパートに行きました。そいから、食堂でよくオシツコを垂れちやつて先生に拭いて貰つてゐた哲ちやんて子ね、あれは、こないだ病気だつたんだけど、もう良くなつて、お父つあんの後をついで左官屋さんになつて、腕がよくなつたら支那へ渡るんだと言つてました。
少女一 そいからね、先生、あの、よく人の物を黙つて盗んでゐた竹内ミチさんね、卒業してから学校の方も五年でよしちやつて、暫く見えないと思つてゐたら、こないだ、斉藤のツネちやんが道で逢つたら、ズツと大阪の方に奉公に行つてて、とても立派なナリをして、はあさうだすなんて言ふんですつて。先生の事を話してやつたら、とても心配してゐたんですつて。
五郎 ハハ、みんな元気でやつてゐるんだね。いゝな、みんなこれからだ。(三人に目顔で、もうそれ位にしてくれと知らせる)
少年 (モヂモヂしながら)美緒先生、早くよくなつて、又戻つて来て下さい。みんな待つてゐます。
美緒 ……(コツクリ。涙を流してゐる)
少女一 先生お大事にね。私達の事心配しないでね。ぢやこれで失礼します。
五郎 どうもありがたう。遠い所をわざわざやつて来てくれたのに、なんにも無くてホントに済まなかつた。みんなによろしく言つてね。ありがたう。
少女二 あのう、これ(と懐中から紙包みを出して縁側に置く)みんなで出し合つたんです。なんか食べる物買つて行つた方がいゝと言ふ人もあつたけど、美緒先生何がいゝかわからんからこのまゝの方がいゝつて……。みんなで八円五十銭しか無かつたけど――。
少年 (あわてゝ)馬鹿だな君枝ちやん! そんな――。
少女二 だつてさ。……そいでね、そいぢや半パだから変だと言つてたら、先生達が三人で五十銭づゝ出して呉れたんで……。十円になつたので十円きや入つてないんです。どうか――。
五郎 困るなあ、君達にそんな事させちや。どうする美緒? いたゞくか? (美緒コツクリ)……ぢや、なにも言はないで頂戴します。ありがたう。みんなにもありがたうと言つてね。
少年 では、これで……。早くよくなつて下さい美緒先生、いゝですか。
五郎 ありがたう。キツトよくなるよ。キツトよくなる。……ホントに済まなかつた。
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 三人、キチンとお辞儀をしてから、立去りかける。それを見て美緒が片手をあげる。
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五郎 どうしたい? (三人の子も立停つて振向く)
美緒 ……(低い低い、かすれた声で一生懸命の力を集めて)あのね……みんなに……言つて……頂戴。……私……あなた方……の事……ホントに……好きだつた。……みんな、……みんな……自分のこと……よりもみんなを……愛して……ゐたつて、……さう……言つてね。……みんな……元気で……私の……分まで……元気で……やつて……頂戴つて……さう言つて……ね。
五郎 もういゝ、馬鹿! 疲れる!
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 三人の子の中で少女二がいきなりワーツと泣き出す。少年があわてゝ、泣くなと言ふ意味で、少女二をこづきまはす。少女一もポロポロ泣き出した。五郎があわてゝ三人を押すやうにして庭を歩き、裏口の方へ連れ出して行く。
 少年はまだ少女二をこづいてゐるが、庭のはづれで自分まで泣き出した。……三人と五郎消え去る。
 後では、これも涙ぐんだ小母さんが、何も言へず、ハンカチで美緒の頬を拭いてやつてゐる。昂奮をしづめてやらうとして美緒の手を撫でゝやる。……間。五郎が玄関から戻つて来る。
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五郎 ……(容態にさはりはしなかつたかと、ジーツと美緒を見詰めながら、努めて落着いた調子で)馬鹿だよ。……だから、言はない事ぢや無いんだ。……それに愛してゐたなんて、キザだ。わかり切つてゐる、そんな事。……第一、ゐたと言ふのは全体、なんだよ? ゐたとは過去のことだぞ。阿呆!
小母 少し水で冷しなはるか?
美緒 ……いゝの……なんとも……無い。
五郎 いや……小母さん、水汲んで来て下さい。(小母心得て台所へ去る)……苦しくは無いか? (脈を取る)……。
美緒 ……平気よ……あゝ……嬉しかつた。……
五郎 平脈だ。……でも喋るなと言つてあるのに、馬鹿だ。……でも良い子ばかりだな。……シヤクリ上げながら駅の方へ行つた。悲しいよりも、久し振りにお前を見て、うれしいんだよ。……あんな子達を何十人となく、お前は育てたんだ。あゝしてグングン大きくなる。……すばらしいぢやないか。やがて大人になり、みんな働いて、その内に子供を生む。……明るいよ。ク
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