しやるの? そんな――。
五郎 (不意にニヤニヤして)キビが悪いですか? ハハ、さうなんですよ。でも、人間は一刻一刻に死んでゐるんですよ。少しづゝ、一刻一刻に死につゝあるんです。自分でも知らない間に、少しづつ死につゝあるんです。この地面は曾て死んだ人間の死骸で充満してゐるんです。いや、地面それ自体がソツクリ曾て生きてゐたものの死骸なんだ。さうでせう? さうなんですよ。人間の身体だつて、毎日々々死んで行く細胞の墓場です。新しい細胞は、墓場の上にしか生れて来ないんです。……戦争が有つてゐます。戦争が有つてゐます。戦争……それがどんなものだか、あなた解りますか? 解りますか?……赤井に子供が生れようとしてゐますよ。子供?……それが何だか解りますか? 同じ事なんですよ。同じ事なんだ。赤井は向うで倒れるかも知れません。多分、どうもそんな気がします。そんな気がしていけない。えゝい畜生! 彼奴も死ぬ!……その後で子供が生れる。彼奴の子供が生れる。いくら考へても、どんな訳があるのか解らん。しかし、生れる。……あなたの、身体だつて同じだ。美しいですよ。僕は画描きだから美しいものは見える。美しい。あなたの中で始終何か死んでゐるものがあるからです。同じだ。美緒もさうです。美緒も同じだ。えゝい、畜生! ち、畜生!(言ひ放つて片手を振つた拍子にフラフラツとして二三歩ヒヨロける。少し目まひがするらしい)……ウム。
京子 (相手の喋つてゐるのを、びつくりして口を少し開けて見詰め続けてゐたが、五郎が倒れさうなので、思はず寄つて行つて、その腕を掴む)あぶないわ、ホントにどうなすつたんですの?
五郎 なんです?(と却つて変な顔をして京子の顔を見る)
京子 もつと五郎さんもお身体を大切になさらなきや駄目だわ。
五郎 身体?……(不意にまるで小さい子供の様に無邪気にニコニコして相手の肩や胸を見てゐる)……でも、なんでそんな事を言ふんです?
京子 だつて――。
五郎 なんで、そんな事を言ふんです?
京子 だつて――五郎さん、かなり身体をこはしてゐらつしやるわ。
五郎 さうですか。……身体……肉体……。京子さん、あなた、僕を好きですか?
京子 ……(ドキンとして相手を見る)
五郎 え、僕を好きですか? 嫌ひですか?
京子 そんな、そんな事……なんでそんな事おつしやるの?
五郎 好きですかと聞いてゐるんだ!(出しぬけに今迄の子供らしい表情を失つて、右手で京子の肩を掴む)
京子 ……(おびえ切つた顔をして、ブルブル顫へている。急に此の女が無力に小さなものに、同時に何か柔かい女になつた様に見える)……痛い! 痛いわ、そんなに掴んぢや……。
五郎 ……。
京子 (シクシク泣き出す。痛いためでも悲しいためでも無いらしい)……。
五郎 ……ふつ!(相手の肩を掴んでゐた手を離す)
京子 (立つて居れなくなつてヘタヘタと坐つて涙を拭く)
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 五郎はさうして暫く京子の姿を見てゐたが、やがて京子から眼を離して、次第に怒つたやうな顔になり、ジツと立つてゐる。
 京子の涙は、何か訳のわからない甘いものである。静かに泣きやんで、砂の上を見てゐる。
間。
[#ここで字下げ終わり]
比企 やあ、久我君も来てゐたね……(と言ひながら上手からやつて来る。海から上つて間がないと見えて、水着が濡れてゐる)……おゝ寒いや。もう駄目だね、海水浴も。……京子、何をしてゐるんだ。そんな所に坐つて?
京子 (ボンヤリしてゐる)……えゝ。
比企 どうしたんだい? 泳いで来いよ。あがつて来ると寒いけど、水の中に居りや丁度良いあんばいだぜ。久我君もどうだい?
五郎 僕は大して泳げないから。
比企 なんだか、青いなあ顔が、少し寝るんだなあ。
五郎 ありがたう。……(まだ少し目まひがするらしい)
利男の声 (遠くから)京子さあーん! 京子さあーん! ボートに乗りませんかあ! 京子さん、ボートに乗りませんかあ!
京子 あ、利男さんよ!(と今迄鎖で縛られてゐたのを、急に解き離されて生き返つたやうになつて跳ね起きて、いきなり声の方へ向つて、ターツと駆け出して行つてしまふ)
比企 ……誰だい?
五郎 美緒の弟が来てゐるんですよ。
比企 ああ、利男君とか言つた? さう……おゝ寒いや。……しかし本当に君はどうしたの?
五郎 うゝん、チヨツト疲れてゐるだけなんだ。大した事は無いんですよ。(頭を振つてゐる)
比企 大変だなあ、君も。
五郎 なあに。……で、どうなんでせう、美緒の具合は?
比企 先刻言つた通りですよ。昨日と大して変りは無い。
五郎 正直に言つて下さい。僕あ本当のことが聞きたいんだ。なんだか彼奴の調子が――病気のぢやないんだ。感情の調子が、近頃益々変な風になつて来たんで、気にかゝつていけないんですよ。気持が段
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