恋愛と言つたやうなものは否定なさるんですかねえ?
京子 否定なんかしないわ。でも、私がもしも結婚するとすればお見合ひをタツタ一遍だけして、決めちもうわ。もしかするとお見合ひもよしちやつて、いきなりまるきり知らない男の人の所へ行くかも知れないわね。同じ事ぢや無い? 恋愛から入つて行つてもさうで無くつても、そこから先きに何が在るか、どつちにしたつて前以つて判りやしないんですもの。
利男 さうかなあ……。
京子 さうよ。第一恋愛なんかメンド臭いわ。私のお友達なんかでも恋愛してゐる人も沢山ゐるし、恋愛から結婚した人も何人かゐるけど、見てるだけでもモタモタして来るわ。……こんな風に考へてゐるの、私だけぢやないの。同じやうなのが、随分ゐてよ。私たちみたいな変に半端な教養を持つた女なんか、顔でこそ何か理智的みたいな風をしてゐるけど、実は近頃殆んどこんな風に思つてゐるんぢやないかしらんと思ふわ。
利男 ……いやあ、なんぢやないですか、もしかすると京子さんは自分でその恋愛をしてゐるもんだから、わざとそんな事を言つてはぐらかすんぢやありませんか?
京子 私?……さうね、さうだとありがたいけどな。
利男 ……あなたは、久我さんの事など、どんな風に思つてゐるんです?
京子 久我さん?……五郎さんのこと?
利男 さうです。
京子 才能のある画家だと思つてゐるわ。それに奥さんが御病気でお気の毒ね。
利男 僕の言つてゐるのは、そんな事ぢやありませんよ。あの人の性格のことですよ。
京子 ……暗いわね。あの方を見てゐると私時々、ゾツとすることがあるわ。近頃益々さうぢやない? それに、ひどい独断家ね。良い意味でも悪い意味でもいつもドグマしきやあ持つてゐない人だわ。現に奥さんの病気だつて、もしかすると、あんな事をしてゐるよりも、奥さんだけサナトリウムにでも入れた方がいゝかも知れないでせう。だのに久我さんはそんな風には絶対に考へられない人なのよ。もつとも奥さんだつて、現在のやうにしてゐる以外の事は考へられないでせうけどさ。だから、それの良し悪しを言つてゐるわけぢや無いの。なんか、運命と言つたやうな物を感じるわ。結局、自分と言ふものをローソクみたいにして、そのローソクに火を附けて燃してゐる人よ。その火の光で人を見るんだわ。……あのまゝでだんだん行つてゐると、下手をすると気が変になるんぢやないかしら。……でも久我さんの持つてゐる魅力もそのせゐかもわからないわね。なんか恐ろしく執念深い動物電気みたいなもの。あの方の画だつてさうだわ。どす黒いみたいな情熱ね。
利男 ……いや、そんな事ぢやありませんよ。僕の言ふのは、なんと言つたらいゝか、……久我さんの事を、もしかするとあなたは、かなり興味と言ふか、なんか関心を持つて見てゐられるんぢや無いかと言ふ気がフツとした事を憶えてゐるもんですからね……。
京子 ……私が? へえ、さう。さうかしら?
利男 あの人は、僕の姉の亭主ですがね、今僕が言つてゐるのは、自分の姉の味方をして、なんか心配になつたりして言つてゐるんぢや無いんですよ。……僕、自分の気持から言つてゐるんです。自分でそいつを知りたいからなんですよ。
京子 ……さうね、さう、嫌ひぢや無いわね。でもなんか、あぶない様な気もするわね。それに何だかあの方は古いわ。もつとも、私は古いと言ふ事自体は好きだけど……。
利男 ……実はさつきも其処まで来てあなたの歌を聞いてゐながら、もしかすると、あなたは歌を唄ひながら久我さんの出て来るのを待つてゐるんぢやないかと言ふ気がチラツとしたんですよ。いや、こりや僕のチヨツトした空想だから当らないかも知れません。多分当つてゐないでせう。
京子 当つてゐるかも知れなくつてよ。フフフ。とにかく、今此処に五郎さんがヒヨツコリやつて来ると、なんだか面白いわね。……利男さん、私がね、あなたのお嫁さんになりたいと言つたら、あなた、どうなさる?
利男 えゝ? そ、そ、そんな――。
京子 私、本気で言つてゐるのかも知れなくつてよ。ホント! どうなさる? 貰つて下さる?
利男 そ、そ、それホントですか? ホントなら、僕あ――。
京子 ホホホホ。フフ……だからさ。どうなさるのよ?
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この時、出しぬけに砂丘の向うから五郎が出て来る。酔つた顔に何か戸惑ひした様な表情を浮べて、家の方角を振り返り振り返りしながら、ボンヤリしてゐて、此処の二人が居る事など全く知らずにゐる。
足音で京子が振り返り、次に利男が五郎を見る。
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京子 ……まあ、五郎さん。
利男 どうしたんですか?
五郎 うん……(まだ家の方角を見る)
京子 ホホホホ。ハツハハハ。
五郎 なんです? どうしたんです?
京子 ……いえね、あなたが此処へ来たら面白いと話してゐた
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