起きぬけのプルス?
五郎 六十六。稍々微弱。
比企 フム……で、主治医は、やつぱり例の――?
五郎 ええ、今日も先程、一筒打つた。
比企 うむ……(あとは無言で、美緒の胸に聴心器を当てて、永い間、非常に慎重に診察してゐる。小母さんは美緒の着物を直してやつたりして診察の手助けをする)
京子 久我さんも泳ぎにいらつしやらない?
五郎 (診察の方に気を取られながら)え? いや僕あ。第一、もう冷いでせう。
京子 でも私、真夏よりは今の方が泳ぐの好きよ。ヒヤリツとして良い気持。……こないだ、三越であつた梅川隆三郎の個展御覧になつて?
五郎 いや、なにしろ暇が無いもんですから。
京子 見たわ私。相変らずケンランたるもんね。でも、なんですか、同じ事の繰返しね? よく飽きないと思ふわ。第一、あんな豊富な色を、あんなに繰返されると、美しいと思つて見てゐる間はいゝけど、ヒヨツと鼻についてトタンにヘドが出さうになるわ。さうぢやなくつて?
五郎 さあ、でも、あれはあれでいゝんでせうね。
京子 ……久我さん、音楽はお好き?
五郎 好きです。美緒も好きなんで、レコードでもと思つて心がけてゐるんだけど、そこまでは未だ未だ手が廻らなくつて……。
京子 レコードやラジオぢや駄目だわ。生で聞かなくつちや。此の秋、私達の仲間でオペラを上演するから聞きにいらつしやらない。切符送つて差上げるわ。
五郎 ありがたう。でも僕にやオペラつてやつは解らないんですよ。声を張り上げて歌ひながら啜り泣くなんて言ふのは苦手だ。あれは――。
比企 (はたで話されてゐる事にはお関ひなく、診察を続けながら)メンスは規則的に有るのかね、久我さん?
五郎 え?
比企 ……あんまり無いのぢやないのかね?
京子 まあ! 兄さんたら! (真赤になつてゐる。美緒も赤くなつて、まぶしさうに片手で額をかくす)
比企 なんだ? (キヨトンとしてゐる)
京子 失礼だわ! 婦人の面前で、ねえ奥さん!
比企 いやあ、不規則なクランケで時々原因無しにブルーツングを見る事があるんだ。そいで――。
京子 もう、いやつ! 私、ぢや、先きに泳ぎに行くわ。失礼ねホントに兄さんは! (言ひざまパツと立上つて玄関からドンドン出て行つてしまふ。動物じみた敏捷さである。遠ざかりながら、カルメンの独唱を歌つて行く)
比企 ……なんだい、スツトンキヨウな奴だなあ。……いやねえ
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