たな。自分に果してあんな所でいつまでも戦つて行けるだけの力が有るか無いかを考へきれなかつた。又は、有ると思ひちがへてゐたからな。徹頭徹尾、自惚れだつた。身の程を知らな過ぎた。その証拠に、あの連中の言つてゐた唯物論なぞと言ふものだつてドンづまり迄突きつめて行くと、僕にや信じられなかつた。……それでまあ、直ぐにおん出てしまつたけど、……考へて見りやどつちにしても、恥さらしな話さ。……しかしね、自分だけの気持は真面目だつた。人間として下劣な動機で以て動いた結果では無かつた。
尾崎 そんな事はなんでも無いさ。具体的な問題としてだよ、現に君は熱がさめちやつたら、いつの間にかあんな団体から手を引いちまつたぢやないか。もつとも団体の方でも解散したり転向したりしちまつて形は無くなつちまつたんだから、手を引くまいと思つても引かざるを得ぬわけで、言はゞ問題は君だけの事ぢや無いんだがね。ヘツヘヘヘ、ヘヘヘ。(突然に笑ふ)
五郎 ……? (それまで自分自身の考へに没頭して、相手の表情などに気付かずに率直に話してゐたが、笑ひ声でヒヨイと尾崎を見て、眼がさめたやうになつて見詰める。――すると、商売がら色々の画家達と交際してゐる間に、いつの間にか自分まで芸術家らしい気持に伝染し、その外貌や用語などは芸術家以上に芸術家らしくなつて来てゐるが、しかし実は唯一個のデイレツタント――と言ふよりも、本質的には唯一人の商人を相手にして今迄自分はまじめに喋つてゐたのだと言ふ事を不意に知つたのである)……何を笑ふんだ!
尾崎 笑ひはしないよ。たゞ、昔、さも確信ありげにプロレタリアがどうしたとかかうしたとかと言つた連中が、自分の言つた事に責任も執らないで、いつの間にか消えて無くなつたと言ふ事を言つてゐるまでさ。
五郎 なんのために君がそんな事を言ふんだい?……今頃になつて君がその事を笑ふのかね? ぢや、君は一体何だ?
尾崎 ……僕は金貸しさ。ハハハ、それがどうしたい? 金貸しは、他人の言葉の責任に就て言つちやならんのかね? まあ、怒りたまうな、ハハ。君も知つてゐるやうに金貸しなんてものは世の中で一番怪しげな商売かもわからんさ。しかし、それでも自分がハツキリ言つた事に就ては責任を執るよ。人が自分に対してした約束も信用する。信用すればするほど、その約束の履行を期待するわけだ。つまり貸した金は必ず返して貰う。
五郎 だ
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