上手は街道、下手は海、中央は雑草の生えた砂丘が起伏して下手奥の波打際に開いてゐる。街道に添つて、既に店の人の引上げてしまつたヨシズ張りの茶店の一部が見える。時々ザーザブンと低く響いて来る波の音。
五郎が先刻のまゝの姿で、腕組みをして砂丘の下にあぐらをかいて坐つてゐる。少し離れて長髪に上衣を脱いでシヤツにズボンだけの尾崎が、右手にビールのコツプを持つたまゝ立つて、砂丘の中腹に置かれたスケツチ箱の上の、描きかけのスケツチ板をためつすがめつ眺めてゐる。スケツチ箱の傍には飲み倒されたビール瓶が五六本と、食ひかけのイナリずしの包みなど。それまで五郎と共にビールを飲み、話しながらスケツチをしてゐたらしい。此の男は、金貸しが本業だが、画商みたいな事もやり、暇があれはムキになつて画を描かうと言ふ男で、金貸しと言ふ商売柄から来るズルイ所は時々覗くけれど、全体の人柄に稍々とぼけた様な愛嬌があり、もともと好人物なのであらう。とにかく、坊主頭にしてギリギリに疲れ切つて、特に今イライラときびしい顔付になつてゐる五郎と並べて見ると、尾崎の方がよほど本物の洋画家らしい。
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尾崎 ……こいつは、どうも、しくじつたかな? (コツプのビールをカプツと飲む)
五郎 ……(考へ込んでゐる)
尾崎 若干、最初にこの、構図を取りそくなつたらしいや。
五郎 ……(気が付いて、スケツチ板の方を見る)なに、さうでも無いだらう。
尾崎 君がビールなんか仕入れて来て呉れたりするのが良くない。飲んでたら、変な絵になつちまつた。ハツハハ。(ビールの所に戻つて来て坐る)……少しやつたらどう。
五郎 いや、俺あ、いゝんだ。
尾崎 だつていくらも飲んでないぢやないか。たまにや君も少しやつて、ポーツとしないと身体が続かない。
五郎 いや、今あまり飲みたくないんだ。こつちの方がありがたい。(言ひながらイナリずしをつまんでムシヤムシヤ食ふ)考へて見たら昼飯が未だだ。
尾崎 大変だなあ君も。……そいで奥さん近頃どんな具合なんだよ?
五郎 う?……うん。……
尾崎 そんなにいけないのかね?……いや、毛利さんがこないだ言つてゐた。久我んとこの病人の具合が良いか悪いかを知るにや奥さんに逢つて見る必要は無い。久我の眼付きを見りや一遍にわかるつてね。……痩せたよ君は。(ビールを飲む)
五郎 ……あのね尾崎君、……何度
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