…(クスクス笑つてゐる)
五郎 ところが丁度恋人の家の前までやつて来たら、雪だか雨だかパラパラ降つて来はじめた。きゞすと言うのは雉《きじ》だ。鶏《かひ》といふのはにわとり。パラパラ降つて来て、野山では雉が鳴き、家ではにはとりが鳴きだした。もうはやウツスラと夜が白んで来た。早く戸を開けてくれ、入つて寝るからと言ふんだ。女は勿論家の中にゐて、眠りもやらず待つていたんだね。……(朗読)隠口《こもりく》の泊瀬《はつせ》の国に、さよばひに吾《あ》が来れば、たなぐもり雪は降り来ぬ、さぐもり雨は降り来ぬ、野《ぬ》つ鳥|雉《きぎす》はとよむ、家つ鳥|鶏《かひ》も鳴く、さ夜は明けこの夜は明けぬ、入りて吾《あ》が寝むこの戸開かせ。反歌。隠口《こもりく》の泊瀬《はつせ》小国《をぐに》に妻しあれば、石は履めども、なほぞ来にける。隠口の泊瀬小国に妻しあれば、石は履めども、なほぞ来にける。……わかるかい? ね、実に単純に歌ひ放してあるぢやないか。現世主義だ! 現実主義とか何とか理窟ばつた、ヒナヒナしたもんぢやない。俺達の祖先の単純で強い肉体と精神が自然に要求するまゝのものだ。うまく言ひ廻して美しい歌を作らうなんぞといふ量見は微塵もない。唯、此の男は女に逢ひたいんだ。夜通し歩いて歩いて、その家にやつと着いた。早く開けろといふんだ。それだけだ。それだけだから、美しいんだよ。……画で言へばルネツサンス、いやルネツサンスのデリカシーなんぞ、あんな弱いものは無い。ボチセリのヴイーナスは美しい。けど、あんなもの、しやうがあるもんか。ギリシヤだよ。ギリシヤだ。……まだ神々が肉体を持つてゐるんだ。人間が神々の単純さを持つてゐるんだ。……生きるといふ事が最高の悦びなんだ。悲しみさへも、生きる事の豊かさの中では、よろこびであつた時代だ……生きてゐる此の現在こそ唯一の貴といものだ。死んぢまえば、真暗になつて一切は無くなる。来世なんぞ有りはしない。つまらん屁理窟を言つたり神学を発明したりしてゐる暇はない。そんな物は要らん。それほど此の現在生きてゐる世界は生き甲斐のある、生きても生きても生き足りない程豊かな、もつたい無い程のすばらしい所だ。そうぢやないか! どうだ、すげえぢや無いか。こんな連中の血が俺達の身体の中にも流れてゐるんだよ。いゝかい? 俺達はこんな奴等の子孫だよ。チツと考へろ。……美緒、お前はいつか、神様は有
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