自ら押へてゐる)……ふん……さうか。……それでいゝぢやないか。(美緒の眼を見て)それが、どうしたい?
美緒 ……毛利さんも……あんまり……ひどいわ。
五郎 俺、怒つちや、ゐないだろ? いゝよ、それもよしと。如何にも毛利らしい書き方ぢやないか。まはりくどい。……結局、簡単に言へば、こちらの好意を無にするやうなら、好文堂の仕事もことわるからと言ふんぢやないか。……こないだの尾崎がやつて来てすゝめた事をことわつたんで、そんな事ならと言ふ訳だらう、いゝさ。仕事は、又他で捜すよ。……妙な顔をするのはよせ。
美緒 ……ひどいわ、毛利さん。……だつて……あの人、やつと……画らしい物が……描けるやうに……なつたの……あなたの……おかげよ。……どれだけ……あなたには……世話になつて……。
五郎 いゝよ、いゝよ。毛利が画が描けるやうになれば、結構ぢやないか。それがどうしたい?……これが世間なんだ。表裏反覆、いづくんぞ常あらんやだ。……面白いと思つて見てゐりやいゝ。なあに、子供の絵本はほかにもあるし、それも駄目なら似顔画描きにでも、紙芝居にでも、豆腐屋にでもなんにでもなる。……クヨクヨするな。初めつから世間の前で赤つ耻を掻く気でゐりや、なんでもやれらあ。どうせ、出来そくないの人間だ。恥も外聞も構はず、どうぞなんかやらして下さいと土下座して頼めば、なんか有るよ。……ハハ、お前知つてるか? 南北と言ふ人の「累《かさね》」と言ふ芝居の中にね、伊右衛門と言ふ悪党が出て来るんだよ。いゝかい? そいつがなあ、かう言ふんだ。「首が飛んでも死ぬものか!」
美緒 ……いえ、好文堂の事は……仕方が無いとしても……そんな事で……毛利さん達と……仲が悪くなつてゐては……あなたが……今後……画の仕事の上で……途がふさがる。……それが……私……心配……。
五郎 ハツハハハ、何を言ふか! 俺あ画を描いてゐるんだぜ。カンバスでタイコを叩いてゐるんぢや無えんだ。糞でも喰へ。……な、これが俺の画だ。これは、画だらう? さうだらう?……なら、それでいゝんだ。
美緒 ……でも。
五郎 もう言ふな。お前もその気になりやいゝんだよ。……(わざと芝居のセリフじみて言ふが毒々しい位の真実をこめて)首が飛んでも、死ぬものけえ!……ハハ。第一、俺の友達にや、赤井だとか須崎だとか藤戸などと言ふ素晴らしい奴等がチヤンと居てくれるよ。大したもん
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