言ふ訳でもなくブラリブラリとユツクリ歩く。
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五郎 ……比企さん、俺が悪かつた。比企さん!――(立上つて無意識に比企の後を追ひかけて行きさうにしたトタンに丁度男の姿が眼に入る。フツと眼を釘付けにされたやうにその男を見詰めはじめる。……男は街道の途中まで来て、そこでボンヤリ立停つてゐたが、再び何と思つたのか、元来た方へ又フラリフラリと歩み出し、上手へ消える。その間五郎はジツとそればかり見守つてゐたが、不意に喘ぐやうな声で、グワーともゲツとも聞える叫声をあげる)……
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 間。……静かである。
 やがて沖の方から、京子がボートの上で唄ふのであらう Torna A Surriento の歌声が流れて来る。それをじつと聞いてゐる五郎の殆んど混乱の極に達した顔。
間。……五郎の身体がフラリフラリと揺れる。
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五郎 ……美緒。……美緒。……助けてくれ。……(うつぶせに砂丘に倒れてしまふ)
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間。
 赤井が家の方向から歩いて来る。シヤツに軍袴に下駄を突つかけた姿。酔ひをさましかたがた五郎を捜しに来たらしい。何か考へながら浜を歩き、砂丘の五郎を見出す。
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赤井 ……こんな所にゐるのか。久我……久我……おい久我! なんだ寝込んでゐるのか。(ジツと見おろしてゐたが、失神して倒れてゐる五郎の事を、疲れ切つて眠つてゐるものと思ひ、起すのはよして自分もその側に腰をおろす)……。
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沖からの唄声。
 赤井はその唄声の方をチヨツト伸び上つて眺めるが、直ぐよして何か考へながら、ジツと海の方を見てゐる。出征を前にして、いろいろの感慨が胸中を往来してゐるらしい。
永い間。……
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     5 家で

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 五六日後の明るい美しい午後。
 寝台の上で絶対安静を守つてゐる美緒。
 その枕元に附き添つて酸素吸入の具合などを見てやりながら、ポツリポツリと話をしてゐる小母さん。
 美緒の病状は更に重態になつたらしく、衰弱のためもう殆んど声が出ず、此場で彼女が口にする言葉も数語に過ぎない程であるが、その表情は以前より更に明るく落着いてゐる。小母さんもそれに調子を合せてゐるが、しかし永らく看病して来た病人が目下絶望状態であることは知つ
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