……(不意にバラバラと涙が[#「涙が」はママ]こぼして泣き出す。泣きながら、二度も三度も頭を下げるやうな事をする)
赤井 ……(その相手を自分も涙ぐんで見詰めてゐたが、やがてわざと少し滑稽に)どうだ描くか、久我先生?
五郎 ……済まん。(又頭を下げて)描く、描く。
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この二人の親友の会話を、寝台の上から、静かに、しかし昂揚した愛情で以て見守つてゐる美緒。
短い間。
[#ここで字下げ終わり]
赤井 ……そいからねえ久我、僕の未発表の小説が三つばかり有るんだが、今になると別に発表したくも無いが、でも発表してもいゝ。どつちでも僕あかまはん。どつちにしたつて大して気にならなくなつた。とにかく伊佐子が持つてゐるから、後で、そいつをどうするか、君に一任するから、君が良いと思つた通りにしてくんないか。
五郎 そんな事言ふな。(怒つてゐる)そんな事は俺は聞きたく無い。君が帰つて来てから決めりやいゝんだ。手か足かが無くなつてもいゝから、とにかく帰つて来てから決めろ。
赤井 アツハハハ、いゝよ、いゝよ、怒るなよ。とにかく聞くだけ聞いといてくれ。ハツハハ。そいからね、伊佐子の事もよろしく頼む。実はやつぱり、彼奴の事では家との間がうまく行つてないんだ。やつぱり以前家の女中をしてゐたと言ふ事が、両親はじめ兄弟達の頭から離れないんだ。僕が行つた後は、どうなるかわからん。まさか追ひ出しもすまいが、相当彼奴がひどい目に遭ふ事は覚悟してゐなきやならん。で、どんな事があつても、君が相談に乗つてくれて、君が一番良いと思ふ方法で処置してくれ。伊佐子にもその事は言つてある。こんな状態にゐる君にこんな事頼むのは済まんけれど、ほかに頼む奴はゐないからな。
五郎 ……よし、その事は引受けた。俺あベストを尽すよ。だが多分そんな必要は無いな。伊佐子さんは、なかなか偉い女かも知れんよ。なまじつかな、インテリ風の教養に毒されてゐないだけに単純で、頭の中はハツキリしてゐるからな。
赤井 うん、彼奴はたしかに僕よりは偉いよ。僕が三四年前の蟻地獄みたいな解剖癖から抜け出て、チツトは生きた人間になれたのは彼奴のおかげだからな。動物の様な単純さを持つてゐる……。僕が居なくなつても彼奴は彼奴流にドシドシ生きて行くだらうと言ふ気がする。その点は心配してゐない。しかし又それだから家との事では正面衝突を起して苦
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