るんじゃないか、共産主義と言う奴にな。ヘヘ、近頃左翼ファッショと言う言葉がはやってるが、知ってる? 高慢な顔をして、他人の事は何でもかんでも批判する。そいで、てめえが批判されると忽ちむくれちゃって、そんな事を言う奴は反動だと来る。傲慢に毛が生えちまった。反動とさえ言やあ、人がビックラすると思っていやがる。いまどき言葉でレッテルを貼られてビックラするような人間が一人でも半人でも居ると思っているのかね?
三平 うむ、そりゃ、なんだなあ、(誠に)たしかに君達みたいな連中が、わけも無しに人を教えようとする態度にとっつかれている事は、事実だなあ。十七八年前の左翼の盛んだった頃は、これ程じゃなかった。あの頃よりも全体に左翼の質は落ちたらしいね? (誠答えず)
欣二 叔父さんは引込んでろよ。あなたなぞに、なにがわかる。叔父さんは、闇屋相手にトランプばくちでも打ってりゃ、そいでいいんだ。
三平 私が、いつ、ばくちを打った?
欣二 知らないと思っているの僕が? じゃ言ってやろうか、池袋のトンガリ松や、渋谷の原正なんて、どうしたい? (三平答えず)ハハ、いいさ、いっちょう行こう。(三平に酒を差す)
柴田 ……人の事はどうでもよい。欣二、お前は少し自分の事を考えたら、どうかな? お前は、どんなわけで、そんな風になってしまった?
欣二 ……全く、人の事はどうでもいいんですよ。お父さん、あなたは少し自分を考えたらどうです? なぜ、お父さんは、そんな風に痩せこけてしまった?
双葉 ちい兄さんの、バカ!
柴田 私は冗談言っているのではない、まじめだ。……お前は一二年前迄は立派な青年で、まじめ過ぎる程まじめな――それがこんなふうになって――
欣二 ダス・イスト・アイン・メルヘン。僕は冗談を言ってるんじゃない、まじめです。あなたは一二年前迄は、温厚篤実な立派な学者で、学生達からは人望が有って――それがこんなふうになってと――いまだに温厚篤実な学者かあ。なあんだい!
誠 (黙々として聞いていたが)……欣二。
欣二 …………?
誠 僕の言うのを聞いてくれ。……僕が何か言うとすぐお前のカンにさわるらしいから、なるべく俺ぁ言わんようにして来たが、今日は、まともに俺も言うから、聞いてくれるかい?
欣二 ああ聞くよ。酒の肴《さかな》に説教もオツだ。
誠 (相手の嘲弄の調子を無視して冷静に)すぐそんなふうに取るのは、君のまちがいだ。……なるほど僕たちに、すぐ、人を上から眺めおろして一段高い所から物を言う、実に薄っぺらな傲慢さが、これまで、いくらか有った。それは認める。今でもまるきり無くなってはいない。それは薄っぺらさだ。僕らのまちがいだ。僕らは、全体としてそいだけ力が弱くなっちゃってるんだ。衰弱したんで、言葉の上だけのウルトラになっちゃってるんだ。気が附いてる。……誰より僕ら自身気が附いて、早くそれを治さなきゃならんと思ってる。‥‥今俺の言うのは、説教じゃない。一段高い所から見おろして君を批判しようとしているんじゃない。
欣二 説教強盗と言うやつは、どろぼうに入られない方法を人に教えながら、どろぼうをした。
誠 (相手の調子に乗らず、まじめに)もともと、君は頭が良い。鋭い。いや、そんな事よりも君ぁ俺の――たった一人の、大事な弟だ。……小さい時分の事を僕ぁ思い出す。お前はシンはやさしい子だったがカンがつよかった。ほかの子がチットでも不当な事をするとお前はすぐにかかって行った。正義派だった。とてもそりゃ――そいでお前がやっつけられると、俺が仇うちをしてやった。思い出すんだ俺ぁ。……その気持で――あの頃と同じ気持で俺ぁ今言ってる。説教だなぞと思ったら、そりゃお前のヒガミだ。……そいで、欣二、こうやって、みんなが、こんなことになって、いろんな事を歪められてしまって、苦しみながらだ、こうしてみんなが――いや、この内の者とは限らないんだよ。世間のみんながだな、のたうち廻っているのがだな、これをなんだと君は思う? え?……なんとかして立直ろうとしているんだと俺は思う。建て直そうとしている姿なんだと思う。そうじゃないのか? そりゃ、大変だ。チットやソットの事で立ち直れる筈はない。あっちを見ても、こっちを見ても、やりきれない事だらけだ。踏みつぶして――お前の言うように、踏みつぶしてしまえと言う気のする事だらけだ。メチャメチャだ。どこへ行くか、どうなるか、わからない。真暗だ。……そいでいて、それであっても、これは立直ろうとしている姿なんだよ。そうじゃないだろうか?
欣二 わかった。そいでお前も立直れだろ? わかってるよ。その次ぎに、勤労階級の側に立てと来る。その次ぎに唯物弁証法と来る。ああ、立直ろうとも! 勤労階級の側に立つとも! 弁証法結構だ。なんでもない。半日も、いりゃしない。一時間だけ有
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