事じゃない! 私たちにいり用なのはそんな事じゃないわ! もっとズット、ズット、ズット、なんでもない事よ! 自分と同じように人の事を考えてあげる事だわ! 人の言う事もよく聞いて人の立場も認めてあげる事だわ! 隣りに居る人を信用する事だわ! 信用できるように、私達が人とした約束を守ることだわ! そいで、みんなみんな、仲良くやって行く事だわ! そんな事よ。私たちにいり用なのは!それが無くなったから戦争なんかが起きたのよ! 兄さんやお父さんなどのような、いくら議論したって私たちになんの役に立つんですの? こうしてメチャメチャになってしまって、なんとかして立直ろうと一所懸命になっている、たくさんの人達とは、そんなの、離れてしまっているんだわ! 浮きあがってしまってるんだわ! たくさんの私達にいり用なのは、学問や議論じゃない。誰にもわかって、納得出来て、そしてこんどこそグラグラしない、たよりになる、平凡な事なのよ。兄さんが正しいかお父さんが正しいか私にはよくわからない。しかし兄さんやお父さんも、私達をよくしようと思っていらっしゃる事は、わかる。そいでいて私達から浮き上ってしまってる! そいだから、そんなだったから――良い、立派な人達の考えたり言ったりする事が国民のみんなから浮き上ってしまったから、戦争なぞ起きてしまったのよ。私そう思う。私達はもう、あんな事を繰返したくないわ、繰返すのは、ごめんだわ! シャンとして、すなおに謙遜に、卑屈にならないで、誇りを持って、勇気を出して立直って行かなくちゃならないのよ! だのに、そんなワイワイワイワイばかり言って! はずかしいわ、私達は! はずかしい――(ヒステリックに泣き出してしもう)
誠 (それをたち切って)双葉、もうよせ! だから僕ぁ言っているんだ、国民の頭を混乱させ、愚弄した末にファッショの御用学者になり果てた民族主義者の事を僕ぁ――
欣二 (それをたち切って)おいおい兄さんもういいじゃないか。わかったよ、わかりました! ヘヘ、なんでもねえ、後になりゃ、なんとでも言えらあ。後の祭って、そこいらの事だね。後の祭で茶番狂言が栄えているようなもんで――嘘だと思ったら、兄さんなんぞのお手のもんの新聞でもいい。去年の八月三日の新聞と、十月三日の新聞を引っぱり出して、くらべてごらんなさい。びっくりもんだ。昨日の淵は今日の瀬となるか、すると今日の瀬は明日の――なんになるんだい?
誠 (それをたち切って)黙れ欣二! そんな事よりも、そう言うお前自身が、なんだと言う事だ、問題は。お前こそ――
欣二 (それをたち切って)おっと、わかったわかった、反動だろう? よかろう。戦争中は、軍閥が何かと言や俺達の事を非国民の国賊だと言って、きめつけた。あれと同じ筆法だ。右翼が国賊だと言ったものを、今度は左翼が反動か。だけど、僕ぁ自分では、唯の人間だと思っている。もっとも、少しボロかな。ルンペン臭い。ただ、そら、これも後の祭でね、今頃なんと言われたって、どうにもならねえんだな。同じ事なら、去年の七月時分に、そう言ってくれりぁよかった、残念だね。
誠 欣二! お前、今度の戦争で犠牲になって、メチャメチャになったのは――つまり戦争から痛めつけられたのは、特攻隊やなんか、つまり自分達だけだと思っているようだな? 思いあがりだぞ、そいつは。一番下等なエゴイズムだ! そうじゃないか? 内地に残っているすべての人だって同じだ。又、そいつは、負けた国の人間だけに限らん。勝った方の人間だって、それぞれの形で犠牲を払っている。苦しみや痛手は、お前達だけの専売じゃない! ……そりゃお前達は自分達の若い純粋さの一切を叩きこんで行った。それが、こうなって、全部ごまかされていたんだとわかれば、たまらんだろう。そりゃわかる。しかし、それが今更、どうなんだ? だからと言って、不良になって、ヨタって歩いたからって、なんとかなるか、それが? ……食おうと思った食物が、実は煮え湯だった、舌を焼いた。こりて、怒って、皿ごとひっくり返して踏みつけて、コナゴナにする。まるでヒステリィを起した犬っころのような――痛いのは自分だけだと思いあがった所から来るセンチメンタリズム――
欣二 ああ、犬っころだよ。センチだよ。ヒステリィさ。どうしたい、それが?
誠 仲間に対する気持が欠乏しているからだ。生きているのは自分一人ではない、仲間といっしょに、仲間の中に自分は生きている。従って自分の事は自分一人の事ではなくて、仲間みんなにつながっている、仲間全体の問題だと言う自覚がたりないからだ。――つまり、俺達の社会だ。お前の問題は、実ぁ、お前だけの問題ではない。又お前だけで解決しようといくらジタバタしたって解決出来る問題ではない。それは、俺達全体の社会の問題だ。全体として全体の中で解決
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