厨川はおせいさんに自分の所へ帰れと言う、おせいさんは帰るのはいやだと言う。そこにどんなわけが有るのか、私ぁ知らん。あくまで当人同志の問題だろうじゃないか。
誠 すると、叔父さんは、ただそれだけの気持で――?
三平 そりゃ君、私ぁあの女が好きだよ。……昔のこともあるし――好きなことをかくす必要は感じないね。ふふ。……いずれにしろ、君、たかの知れた女一匹――
誠 ……ふん、叔父さんこそ、東洋豪傑風だ。
三平 そうかね、まあどっちでもいいや。だが、君ぁ又なぜそんなに気にするんだい? え?
誠 ……不愉快だからです。
三平 不愉快? なにが?……もしかすると、なんじゃないか……君もあの女がまんざらでもないんじゃないか?
誠 (鉛筆を握って印刷物を見ていた眼をあげて三平を見る)
三平 (ニヤニヤして)駄目だぜ、君みたいな若い者があんな女に引っかかっちゃ。マルキストがいっぺんに台なしになるよ。……あの手の女は、先ず蟻地獄――君みたいな身体だと忽ち命取りだぜ。ふふ……でも、その気が有りゃ、向うを張って見るか?(ひどく陽気になっている)
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(柴田が手にひとつかみの野菜を持って上手の扉から入って来る)
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柴田 ……ひどいもんだねえ。ふだん草《そう》が、こないだから、こら、こんなになっちもうから、へんだと思っていたら、油虫を蟻がかついで来ちゃ、取りつかして食わしている。(言いながら炊事場へ行って、そこの棚に野菜を置く)
三平 は、は、ははは――なに、油虫だって?
柴田 う?(はしゃいで笑う三平と、青い顔をして三平を見つめている誠を見くらべる)――どうしたね!
三平 やあ、はは、なあにね、私がさ、南米あたりで邦字新聞を出したり、いろんな代理店をやったりして、ゴロゴロして歩き廻りながら、もっぱら、この色ごとと酒の修業にどんだけ精魂を傾けて来たかと言う事をだねえ、誠君は知らんらしいからねえ、年はとってもまだまだ若い者には負けんから、お望みとあれば――
柴田 ははは、なにを、つまらんことを。……そいで、どうだね、役所の方は?
三平 やっぱり駄目ですよ。てんで、なっちょらんたい! これが二十回近くもお百度踏ましといて、いまだに責任のある返答のできる役人が現われんのじゃから。まるでどうも、日本人はホッテントット以下の人種になってしまったらしい。お気の毒
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