風の習慣も、一種の罪悪だね。人間、他人に対して正直である前に自分自身に対して正直である必要がある。日本人も、そこいらから始めるんだなあ、うむ。
誠 違うんだ。
三平 う? なんだ?
誠 (ユックリ起きあがって)僕の言うのは、そんな事じゃありません。
三平 だって、そうじゃないか。ぜんたい、君たち、柴田一家には、みんな同じような悪習慣があるね。自分の考えたり感じたりしていることの、一番かんじんな事はすこしも表に現わさない。はなはだしい場合は、腹の中で泣いていながら顔では笑っていたりする。早い話が、死んだ信子だ。死ぬ位だから、よっぽど悲しかったのだろうが、なら、なぜ正直に泣いたりわめいたりだな、つまり、その通りにふるまった上で生きて行かない? それを、涙ひとつこぼさず、遺言ひとつ残さないで、アディユ! ふん! きれいだったそうじゃないか――しかも年は若いし、医学校は卒業している。オウ! ツウ・エンド・ツエンティー! もったいない! ――そいつが、だまって、アディユ! 生命に対する冒涜だよ。死ぬほどの気持なら、生きて行けぬ事はない。これを要するに命さえ捨てれば能事終れりとする、愚劣な、神がかりのセンチメンタリズム! 私はそれを思うと――
誠 信子の事は、よしましよう。(ズックのカバンから印刷された紙のたばを取り出して机の上に開く)
三平 そら、そら、君にしたって、すぐそれだ。なぜ、よす必要があるね? あくまでその原因と動機を追究して、そんな風なセンチメンタリズムの愚劣さかげんをハッキリと認識してだな、われわれが今後もうそんな馬鹿なことを繰返さないようにする事こそ、信ちゃんの死を最もよく弔うゆえんになるじゃないか。そら又、そんな顔をする。君だってマルキストだろう? そうだろう? そんなオツに悲しそうな顔がマルキストの顔かね?(誠、無言で苦笑する)笑ってるね? 笑いたまえ! 私あ、あちらでもマルキストをたくさん知っていた。立派な奴もくだらん奴も居たがね、とにかく日本の近頃のマルキストのように東洋豪傑風にセンチメンタルな、それでいて自分に対して不正直なマルキストは一人も居なかったねえ。これも日本の特殊性かね? まるでどうも、アジャンタ洞窟の石仏だ。東方の微笑と言うやつ!
誠 ……喋るなあ。
三平 うん?……(キョトンとして)うむ、はは。(顔を平手でゴシゴシこする)いや、ちかごろ
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