させたまえ。その実行の出来ない者は追い出してしまいたまえ。次に、君は苦楽座の全員に次のように宣言して賛成を求めたまえ。「苦楽座は一個の有機的な全体である。一人々々の成員は全部、この全体に仕える一個の兵士である。各人は厳格な一個ずつの資格を持つ。それ以上でもそれ以下でも無い資格を持つ。全体の意見は、徹底的に絶対である。スタアやスタア的意見の存在は許されない。そして、その全体の意志の執行者として一人又は数人を、われわれ全体で撰び据える。据えられた執行者の命令は徹底的に守られなければならぬ」
 これに賛成しない者、これを実行しない者は、追い出してしまいたまえ。
 さあ、これだけだ。君等に、これがやれるだろうか? やれると思う。また、到底やれまいとも思う。やれると思うと言うのはこれだけの事は格別むずかしい事でも何でもなく、普通の良識を持った健全な人には誰にでもやれる事だからだ。また、到底やれまいと思うと言うのは、君達既成俳優の神経は既にいろいろな理由から少しずつ不必要な不安や余分のスタア意識などに蝕ばまれている場合が有って、そのため、普通の事が率直に受取れない者が居るからだ。そして、これがやれれば苦楽座は「辛うじて健全」に永続して行けるだろうし、これがやれなければ苦楽座は「華々しく」ポシャッてしまうか、又は「華々しく不健全」な姿で永続して行くだろう。
 ところで、現在の苦楽座々員諸氏は大部分、その他の事はどうでもよいから、先ず華々しい事の好きな人達が多いように僕は睨んでいる。だから多分、僕のすすめるようには、しないのだろうと思っている。
 それ以外の理由から言っても、差し当りの実際上では、君の主張は勝ち僕の主張は負けるであろう事を僕は知っている。なぜならば、君の主張に聴従すれば、一方に於て映画その他で多額の収入を得て贅沢に安楽に暮しながら、その余力で以て「純粋な」芝居を好き勝手にやれるのだから、新劇くずれ[#「くずれ」は底本では「くづれ」]その他の俳優などがドシドシ集って来る。僕の主張に聴従すれば、普通の程度には暮せても今迄の様には贅沢に暮せないばかりで無しに、年がら年中「妥協した」芝居をしなくてはならぬから、新劇くずれ[#「くずれ」は底本では「くづれ」]その他の俳優などの大部分は鼻汁も引っかけないであろう。それほどに、新劇くずれ[#「くずれ」は底本では「くづれ」]その他の俳優などの大部分は自立的な自発的な芸術意慾を衰弱させてしまい、「良心」と「胃袋」を分裂させてしまっていると僕は見ている。その実例がいくつも有るが、此処には書かぬ。
 よろしい、君がどうしてもそうしたければ、そうして、勝ちたまえ。そして華かにポシャルか又は、華かに不健全に永続したまえ。残念ながら最後に君は地獄に落ちるであろう。僕はどうかして、ホントに、どうかして、君にそうさせたく無いけれど、これほど言っても聞いて呉れないのならば、仕方が無いと思う。

      10[#「10」は縦中横]

 さて長々と書いた。僕も自ら呆れた。一週間ばかり、考えに考えてこればかり書いていたので、くたびれもした。君は尚更、僕の執拗さに呆れたろうと思う。とにかく、この問題につき、僕の言いたい事のあらましだけは、不完全ながら言い了えた。
 僕は、演劇と君の裡の良きもののために、これを書いた。これが君を少しも動かし得ず、無駄に終っても、僕は諦らめる。
 しかし丸山定夫よ。本当に、僕がこれだけ嘘もかくしも無い自分をぶちまけて、これ程までクドクド言ってもこれらの言葉は本当にホンの少しも君を動かし得ないのであろうか?
 僕には信じられない。君にこの手紙が一度読んで判らなければ、済まないが二度読んでくれ。三度読んでくれ。それでも、判らない所が有ったら、やって来て質問してくれ。僕の思っていることを、少くとも、君に判らせることは、君が思っているよりも非常に非常に大切なことだと僕は思うのだ。
 今迄も今後も君が僕の親友であると言う事は暫く言わずともよい。君は、今、日本の演劇文化の持っている最大の良心と最高の技術者の一人だ。殆んど掛けがえの無い俳優だ。君の肩の上には、日本の新しい演劇文化の何分の一かが載っているのだ。そして、その日本は今、どんな位置に立っているのだ? その日本が今、なにごとを遂行しようとしているのだ。
 これ以上を言うと冷汗が出るから言わぬ。君が今、力強く立ち上り、堅実に出発し、健全に歩んで行って呉れることは、ソックリそのまま日本の新らしい演劇文化の勝利の一要素であり、日本の新らしい演劇文化の勝利は、ソックリそのまま日本それ自体の勝利の一素困になるのだ。
 僕の言い方が大げさ過ぎるならば、笑うがよい。そうで無くても、まるで僕は自分が良心と誠実の卸し問屋のような言い方で、こうして喋り散らして来
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