破れわらじ
三好十郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)お母《か》しゃん
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[#ここから2段組み]
お花
健二
六平
仲蔵
伍助
杉村
中年過ぎの女
五郎(肥前)
お銀
番頭一、二
松男
金一
三吉
通行人
およね
越後
豊後
陸前
サツマ
上州
マキ子
三河
岩見
井上医師
[#ここで2段組み終わり]
音楽(後のくだりのシンフォニイと同じ主題のオーヴァチュア)
音楽をバックにしてアナウンス。
アナウンスと音楽が止み、しばらくシーンとして。
不意にカーン、カーン、カーンと大なたで立木を刻む音が、山々にこだましてひびきわたる。
鋭い小鳥の声々。
時々、風にのって谷川の音がザーッと流れてくる。
――深い山奥の林の中の感じ。
「ヨッ、ホウ!」
と若い男の掛声、同時にカーンと立木の音。
その音を合図のように、少しはなれた所から、まだ成熟しきらない少女の、まるで少年の声にきこえるような堅い粗野な節まわしの歌。
[#ここで字下げ終わり]
お花 「やーれ」
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山で赤いのは、こら
つつじに椿
それにからまる藤の花
ああ、チートコ、パートコ
やーれ
遠くはなれて、こら
逢いたい時は
月が鏡になればよい
ああ、チートコ、パートコ」
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健二 相変らずのヘタクソじゃなあ、お花! おのしが唄うと、おれあ、向うずねばナタで叩つきるうごつある!
お花 あらあ、あんな事言うて……あたいの歌あ、こりでいいちうて、仲さんがほめてたのに……
健二 そんなら、後で六平の小父さんに唄うてもろうて、くらべて見ろ。仲は、ありゃ、おのしのすつこっあ、なんでんかんでん、よかきい。
お花 んなら、あんやん、唄うちみ。
健二 おりゃ、日田の山奥の木こりですばい……歌あ唄えんばってん、木を切りきりゃ、いいきのう……ヨッ、ホウ!
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カーンと立木を切る音。
一方お花はゴシゴシと、小のこぎりを使いながら、
それに合わせて、
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お花 「やーれ
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月の出しをと、こら
約束したが
月は山かげ、主あどこに
やれ、チートコ、パートコ」
[#ここで字下げ終わり]
アッハハハハ、と二人が声を合せて笑う。
健二 そら、行くぞ、お花どいてろう……
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カーンと打ちこんだ音でヒノキの大木がベリベリベリ、ザザザーッと倒れる音。
妹が兄に近づいて行き、
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お花 こら、この汗だ、あんやん!
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兄の背中を拭いてやる。
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健二 (気持よさそうに)ふう! こいで丸市で入札したぶん、しめて十八本、すんだな? ここらで六平小父さんとこで昼めし食うか。
お花 落しの方へはこんどかんでも、いいか?
健二 うん、どうで仲が、筏くむ前に来るき、落しはひきうけたと云うとった。
お花 するちうと仲さんがここい来るちね?
健二 来ちゃ悪いっか? はは、さ行こ!
お花 うん……
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兄弟は下生えを踏みわけながら傾斜を沢の方へくだって行く。その音……
健二がフッと立ちどまって、
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健二 お花、おのしは、いくつになったか?
お花 え? なに?
健二 おのしゃ、いくつになった?
お花 あたしゃ、十八だ。なぜ、そんな事きくか?
健二 十八か。……おらが二十三。二十三の木こりが十八になった妹ばつれて山かせぎに出るちうのもおかしかけど、しょうねえ。俺にしたっておのしば、娘らしう裁縫やなんか習わせて、早うよか所へかたつけてやる仕事をさせんならんと思わんわけじゃなかばってん、俺とおのしは兄一人妹一人の二人っきりで、お父ちゃんもお母《か》しゃんも、ほかに兄弟もなかけんなあ、村の家におのし一人ば置いといて俺が山に入るわけにもゆかんき、こうして……
お花 あたしはお嫁になんか行かんばい。それに家で一人でいるよりゃ、こうしてあんやんと山で稼いでる方がズッといい。
健二 いや、俺の言うとるのは、人間なあ、誰でもうぬが生れついた境界ば忘れちゃならんちうこつたい。どうせ、俺たちゃ、山ん中で生れて山ん中で果つつ身分じゃけんねえ。
お花 あんやん、なんの事云いよるとかい?
健二 なにさ……仲蔵は、あいで、俺とは学校友達じゃし、おのしとも仲が良うて、そいで今はああして丸市製材の川師で働いとるが、もと/\あすこの親方の遠縁でな、行く行くは丸市の養子になるかもしれん男たい。俺たちたあ身分が違うさ。
お花 んだから、それがどうしたというのな?
健二 どうしたというわけじゃ無えけんど、仲蔵がおのしにどんな事云うたちうてん、そんつもりで附き合わんきゃいかんというこったい。
お花 そんつもりたあ、どんなつもり? 仲さんば、あたしが好いちゃ、悪いっかい?
健二 悪いちゃ云えんけどよ……
お花 好きな人ば、嫌うわけにゃ行かん。
健二 ……うむ、そりゃ、行かん。けんどさ、俺の云うのは……
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ガサガサガサと下生えの音をさせて、二人の足音が沢に出て行く。
[#ここで字下げ終わり]
お花 あーい……六平の小父さあん!
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六平爺がユックリと掛小屋から顔をのぞけて、
[#ここで字下げ終わり]
六平 おーい、お花坊と健二かよう!
健二 お茶をもらいに来たぞう。
六平 ちょうどよかった。俺もソロソロめしにしょうと思っちょったところて。さ、はいんない。
健二 (小屋に入りながら)わあ、えれえ見事なモミジたい!
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ピタピタと大木の肌を叩く。
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六平 フフ、この引き方で、ジョリンモクが出るとたい。佐賀からの注文でな、これば床板にするちう、町にゃゼイタクな仁のござるげな、はは、もっとも、それんおかげで俺みてえな木びきが食って行けよるとじゃけん。
健二 なんと、大ノコ一丁でこんだけの歪みしゃくった木が糸でも打ったこと、ピシリと引けるとかなあ……
六平 なあに、もう六十をすぎちゃ、気ばかり立っても腕はナエた。おのしたちの親父が生きてシャンシャン引いてた時分の板ば見せたかったのう!
お花 死んだお父っあんな、そんな、そんな腕のいい木びきだったの?
六平 うむ、健五郎は、この日田にも三人とは無え名人だった。俺なんざ、今でも、むつかしい木取りの時あ、目の前に健五郎ば置いて、どげん引目ば入れりゃよかつかい健五郎ちうて、相談しいしいやっちょるとばい。健五郎は死んでしもうたけんど、幼な友達の俺が呼べば亡霊になって、すぐに来てくるるけんなあ。
お花 小父さんの話あ、じきに亡霊の話になるけんいやだ。
六平 しかたなかろ、この小屋にゃ年中、亡霊たちが遊びに来るんじゃけん。もっとも、俺もこう老いぼれちゃ、もうへえ、亡霊の一人じゃというてもよかようなもんだい、アッハ、ハ、ハハ――。
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健二もお花も声を合せて笑う。
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六平 さ、茶がへえった、飲みない。
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そこへ川下から、沢の浅瀬を渡って来る足音がチヤッ、チヤッ、と近づいて来て、
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仲蔵 あーい、六平の小父さんよーう!
健二 ああ、仲が来た!(そっちへ呼び返す)おーい、仲蔵かよう!
六平 ほうら、お花坊のお婿さんがやって来た。
お花 なに云よるとな、小父さん!
六平 んでも、そうじゃろがい?
お花 知らんっ!
六平 どうしたな? なにをそんな怒るか?
健二 小父さん、それは、もう云わんなおって――あの……
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云ってる間にも仲蔵の足音は近づいて、
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仲蔵 おやおや、健二もお花ちゃんもここにおったっか、はは、ちょうどよかった! 営林区の丸材の切り出しはどうしたかと思うちね――
健二 しめて十八本、下の落しの方が四十四、五本たい。
仲蔵 よかよか。そうか、んじゃ今日の俺の役目はこれですんだようなもんたい。
六平 あい、茶ば飲みない。はは、さあっきから、お花坊がおのしをお待ちかねたい。
お花 ばか小父さん!
仲蔵 はは、いや、実あな、お花ちゃんに今度はどんなおみやげ買うち来てやろかと思うてね。
お花 おみやげなんて、あたしゃ、いらん!
仲蔵 へえ? この前はリボンとクシ買うて来てくれと言うたろうが? どうして急にいらんか?
お花 いらんけん、いらん!
仲蔵 アッハハ、なんかまた怒っちょるな? なあに、いらんちうたとて、お花ちゃんの欲しい物ぐらい俺あ知っちょるさ。リボンにクシに、反物ば買うて来てやろたい!
健二 んだが仲よ、そんなこつに金ばっかり使うて、又帰って来て丸市の親方からカス喰うのはやめにしろよ!
六平 そうだそうだ! 筑後川すじから佐賀へんにかけちゃ、舟幽霊じゃとか、人のシリコ玉あ抜く川太郎じゃとか、おしろいくさいバケモンがウンと居るけんなあ。まあまあ、おみやげよりゃ、その用心する方がよかろうたい。アッハハ!
[#ここから3字下げ]
他の三人も笑う。
[#ここで字下げ終わり]
お花 小父さん、木びき歌、唄うち聞かせちくれない!
六平 又はじまった。俺のヘタクソな歌ばっかり聞いてどうするか?
お花 ううん、あんやんが、あたしの歌がつまらんと言うき、上手になりてえき。ねえ唄うちくれない!
六平 そうか、そんじゃま! ……どうもしかし、ノコ使わんと出ねえのう。(と大ノコを持ち上げて大木の上にのせてノコを動かす。その音)
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その音に調子を合せて、かれた寂しい、ほとんど人間らしい味の無い、山の中を風が吹き過ぎるような声と節まわしで。
[#ここで字下げ終わり]
六平「やーれ
[#ここから3字下げ]
山で切る木は、こら
かずかずあれど
思いきる気は
さらにない
やれ、チートコ、パートコ」
ノコギリの音
[#ここで字下げ終わり]
六平「やーれ
[#ここから3字下げ]
破れわらじと、こら
おいらが仲は
すぐに切れそうで
切れやせぬ
やれ、チートコ、パートコ」
ザーッ、ゴーッと岩を噛んで流れる急流の音。
その急流に乗ってギギギ、ゴドン、ギーッと音をさせて筏が流れくだって行く音。
[#ここで字下げ終わり]
仲蔵 (気の立ったかん走った声)そら、そら! 伍助! そっちの岩を竿で突っぱれえっ! ウンと突っぱれっ!
伍助 (竿を突っぱりながら、ほえる)おおーっ!
仲蔵 (更に遠くの後方へかけて)杉村あーっ! 手かぎで、そこの木の根っこ、こねあげろーう! トモが引っかかると筏あ、まんなかから、ぶっきるぞう! しっかりせえーい!
杉村 おいよーうっ! オーライだようーう!
仲蔵 うんと!(と竿を使いながら)よし、よし、よし! その調子だ! この瀬を出て、橋ば一つくぐりゃ、すぐと日田の盆地たい、後は居眠りしてん、筑後川へ出るけんなあ! 頼んだぞう!
伍助┐
├(それぞれちがった距離から)おいよう!
杉村┘
中年過ぎの女 (岸の道から呼びかける)ようーい! そこん行く筏あ、池の原の丸市の衆とちがうかあ?
仲蔵 (聞きつけて)あーい、そうたい! 丸市の仲蔵だよーう! 清水のおばしゃんじゃねえかい?
中年過ぎの女 そうだ、そうだ、そうだ!(と自分も岸の道を筏を追って小走りについて来ながら)どうもそうじゃなかろかと思うたら、やっぱし仲しゃんかあ。その筏あ、どこまで流すとなあ?
仲蔵 佐賀まで流すとです!
中年過ぎの女 そうかよう! 気をつけて行って来なよーう!
仲蔵 あいよう! そいじゃ、清水さんの親方によろしうなあ!
中年過ぎの女 (立ちどまったと見えて、みるみる遠ざかる声で)良い若えしが、三人とも、佐賀へんでおかしなオナゴなんどにのしあげたりせんごつねえ――!
[#ここから3字下げ]
仲蔵をはじめ伍助
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