博多節というのマキちゃん、聞いたことあるかい?
マキ 無い。小父さんがよく唄う、あの変な歌じゃないだろ?
肥前 フフ、もっと良い歌だ。……そんで、その材木屋で働きながら、中学へあげてもらったりしたがな……その叔母さんがポックリ死んで、間もなく、店がつぶれた。そいから俺あ、あちこちして、門司へ出て働いていたが、身をたてるなら東京だと思って十八の時に東京に来たんだ。……そいでいろいろやった。が、うまく行かねえ。世間のせいじゃねえ。ウヌの片意地な性分のためだ。何をはじめても、直ぐに喧嘩だ。そりゃ、いつでも間ちがったことするのは上の奴で、正しいのは自分だ――そういう気がある。そういう、言わば正義病というかな、そうしちゃなんでも途中でおっぽり出す。……そいでウロウロしているうちに戦争だ。乙種だったんで召集を受けてね。いやいや戦争したんじゃねえ、つまらねえ二年の上も、馬の世話かなんかやらされてさ、いや、馬あ可愛いくて、よかった。人間がダメでな、上官――つまり下士官なんて奴らが、むやみと人の事けったりなぐったりしゃあがってね。……そいで戦争すんで戻って来たら、世の中あ、このありさま、正直者がバカを見るんだか何だかしらんけど……そこへ病気になったりしてよ。……気がついたら上野の地下道に寝てたってわけだ。……そうよなあ、全くマキベえの言う通り、もう死んでもいいようなもんだなあ。へへ……
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出しぬけに直ぐ耳のそばで、川端のビール工場の午後のボーが、ウワーツと鳴り出して二人の話を消してしまう。
マキ子の病気が、ひどくなって、どっと寝こんでしまい、マキ子に好意を持っている連中が、意識不明になっているマキ子を遠まきにして見ている。この宿泊所の宿泊人達を気にかけている若い井上医師がやってきて、診察しおえて、何んとなく一同に向って、
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井上 ふむ、病気そのものが、それ程ひどくなったというわけじゃないが、栄養が落ちていてなあ、これじゃ、肺病で死ななくても栄養不良で死ぬねえ。本人が生きようという気がもうないんだからどうにも医者に、手のつけようがないよ。当人がその気にさえなってくれりゃあうちの診療所に連れてって、どんどん栄養注射でもすればもち直すかもしれんがね。なにしろ、当人が一日も早く死んだ方がいいと思っているらしいからなあ。これじゃしょうがない。え
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