ち過ぎている。たとえば、その後の綿貫ルリの事、國友大助のこと、それから、かんじんの貴島勉の事にしても、まだ僅かしか語つていないのだ。今ごろから寄り道をしていたりすると、全體が無際限に長くなつてしまう上に、自分が最初語ろうと思つた事がらを指の間からすべり落してしまうかもわからない。だから、これはさしあたり割愛する。
ただ簡單に二人の立場を説明して置く。佐々兼武は共産主義者だ。その事に自信を持つているようである。彼が共産主義者になつたのは、長いこと人生社會について考えたり、社會科學の勉強をした結果では無いようだ。出征前は大學生だつたらしいから、その頃既に職工であつた久保などに比較すれば學問的な思想にもなじんでいたわけであろうが、それも例の戰前から戰爭中の軍部專制で塗りつぶされていた空氣の中での學生々活である。せいぜい、二三の社會科學に關する本などを讀んだと言うのにとどまつていたらしい。だから彼が左傾したのは、戰爭末期の戰場と復員して來てからの短期間中であつて主として、戰場と復員後の生活の中で身をもつて、その虚僞や矛盾にぶち當ることから來たもののようだ。マルクシズムを體系立てて學んだ事も無
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