、かと言つて、くろうととも取れない。後になつてわかつたが、果して、以前藝者の下地つ子を一二年やつて、終戰後、ダンスホールに入つてダンサアをしている女だつた。久保は食事をする氣らしく、ポケットから紙包みのパンを取り出したり、隅の箱の中から乾物の魚ののつた皿を出して來てウスベリの上に並べながら、女をジャマにする風も無いかわりに、歡迎する色も無い。
「ホントにどうしたんだろう? これで三度目よ、ここへ來るの。今夜なんか一時間の上も待つていたのに。チッ!」ブツブツと一人ごとのように言つて染子は、乳房の上を兩腕でグッとしめつけて、芝居じみたしぐさで、つらそうな吐息をついて見せた。それが大げさで芝居じみているだけ、しかしかえつて變に實感をはみ出させた。「しどいわあ!」
「貴島に、なんか用かね?」
「用? フフ。そんな――いえ、そうね、用だわよ。もうあんた、このひと月ぐらいホールにも顏を見せないんだもの」
「忙しいんだろ」
「どうだか。……よその又、女の人とでも仲良くしてるんじやない? 久保さん、あんた知らない」
「知らんなあ俺あ」
久保はモグモグと口を動かしてパンを食つている。その無心な樣子を見
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