クンクン鳴らして、
「ああ、染子が又、來てる」
 と言つて、その方へスタスタ歩き出した。
 窪地に降りて來た時から、私はそれに氣がついていた。今どきこんな燒跡などで誰が焚くのか、明らかに薫香の匂いである。ジャコウの勝つた、かなり上等のものだ。ほのかに、なまめかしく匂つて來る。……妙な氣がしながら、私は久保のあとについて行つた。

        12[#「12」は縦中横]

 貴島と久保は防空壕に住んでいたのである。當時、まだ壕舍に住んでいる人がたくさん居て、さまで珍らしい事では無かつたが、不意にそれを知つたのと、香の匂いで私はすこしびつくりしていた。
 一廓の片隅に、二坪ばかりの廣さに土が二尺ばかり盛りあがつており、そのこちら側の端にポカリと穴が開いていて、五六段の階段がきざんである。そこへ下からボッとローソクの光がさしていた。階段へ足をかけると、なまぬるい香の匂いが、さかさに顏を撫でた。
「染子さん、來てんの?」
 久保が聲をかけると、人の氣配がして、
「ああ、お歸んなさい。おそいのねえ」と、くぐもつた若い女の聲がした。
 久保は無造作に私を招じ入れた。内部は一間に一間半ぐらいの廣
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