して相手に渡した。
「これ」
「貴島に?」と國友は名刺と私の顏を見くらべている。スット笑顏を引つこめて、眼をチョッと光らせたようだつた。
「……ふーん、貴島を御存じですか?」
「いや知つていると言う程でも無いけど、一二度僕んとこに來たことがあつてね。それが、變な事で急に逢わなくちやならなくなつて」
「すると、……なんか、もめごとですか?」
「もめごと?……いやあ、そんな事じや無い。人からチョッと頼まれて。なんでも無いんだ」
 それから國友は、なにか考えながらビールを飮んでいたが、しばらくたつてから「フム」と言つて元の笑顏になつて、
「なんか知りませんけど、三好さん、あんな男には、かかり合わん方がいいなあ」
「どうして?」
 それには答えないで、一人ごとのように、
「ロクな事あ、無い」とつぶやいた。
 國友は昔から、めつたにこんなふうな言い方をしない男だつた。どんな重大な事を語るにも、さりげない言葉で輕くイナスように言つてすます、――それが、そういう仲間の氣質と言うか習慣と言うか――その事を私は知つていた。
「すると、貴島が、なにか――? いや僕も實は貴島のことは、ほとんど知らないんだ。
前へ 次へ
全388ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング