けない筈は無いのに、實はそれが非常にむずかしい事だと言うことが、わかつて來たのです。「あの人は善い人だ」と言つても、果してそう言い切れるか? 「善い」と言う事が全體どんな事なのか? あの松は濃い緑色だと書いて見ても、一體、その松はホントに緑色なのか? 紫色に見えると言つても、黒く見えると言つてもウソでは無いのでないか? 一つの事件にしても、それを見る見方には、ほとんど無數の見方がある。その中で、どれを選べば「眞實」なのだろう? つまり、事物に對する僕の認識と言いますか、それがハッキリせず、自信が持てないのです。
 こんな事は、以前には無かつた事です。ズット前、シナリオや小説みたいなものを書いている時分は、そんな事は全く氣になりませんでしたし、復員して來て黒田組で働いている間も、そんな事はありませんでした。こんなふうになつて來たのは、黒田組を出て、方々を歩きまわり、いろんな人に會つて、それらの人々を細かに觀察するようになつてからなんです。認識の目がグラグラと猫の眼のように變りやすく、それについてキッパリした一定の表現が採れないのです。苦しくてならない時があります。たしかに、僕という人間自
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