マシだ。「若い女から夫を寢取られた」と、なぜ稻子は思えないのか。そして、なぜ泣かないのか。それこそホントの人間じやないのか。そして主義も主張も、先ずホントの人間になつてからの話ではないのか。つまらない小理窟にひつかかつて、自分で自分になぜウソをついているのか。……
そのうちに、稻子は、あまり昂奮したセイか、不意にひどい鼻血を出しはじめた。それにビックリして伸一郎は議論をやめて、オロオロしながら、ハンカチなどを出し、カイホウをしはじめた。
そのスキに自分は、室を逃げ出した。
あとで二人は、もしかすると、又口論をはじめ、なぐり合いなどまでやつたかも知れず。又は、アベコベに、一所に寢たかも知れないとも思う。この方が當つているような氣がする。二人の口論の調子の中に、そんな所があつた。男女ともに氣持は離れ離れになりながら、永い間の習慣で、口論の果ては、いつでも性交になるのではないのか?
ベッ! 自分には關係の無い世界なり。外に出て自分は伸一郎を憎み、稻子を、あわれだと感じ、そして二人ひつくるめて、ケイベツせり。お前さんたちは、兩方でウソつき合つて、臭い寢床で眠れ。
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