僕の僅かな生甲斐のように感じられます。それなら、それが如何にコッケイなミジメな夢みたいな事であつても、それをしてみるほかに無いと思います。
そしてヒョイと氣が附いたのは――いえ、これは現在のことではありません、僕が黒田組に働きながら、そこの生活がつまらなくなり、あの女に逢つて見たらと思い附いて、半ば無意織のうちにその事をあれやこれやと考えていた時分のことです――あの女の匂いの事です。女の身體の匂い――體臭と言いますか、肌の匂いと言いますか、それを僕は憶えているのです。いえ、匂いなんですから、結局は記憶とは言えないかも知れません。ただ、憶えているような氣がするのです。つまり、あの匂いに今度ぶつつかつたら、キット、ああこの人だという事がわかりそうな氣が僕には、するのです。人に言うと笑われるかもしれませんが、その點では僕には確信みたいなものが有るのです。
小さい時から僕は嗅覺がおそろしく鋭敏なのです。それは實際コッケイな位で、一度かいだ匂いは、めつたな事では忘れません。その時にはハッキリ意識しないでも、それと同じ匂いをかぐと、たちまち思い出します。ことに、ふだんかぎ馴れた匂いと違つた匂い
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