はならん。拔く時は死ぬ時だ」
 いつもそう言つていました。以前、軍備縮少に賛成して――と言うよりも、積極的にスイ進する運動をして、軍人仲間から迫害されたこともあつたらしいのです。若い頃、大使館附の武官として、六七年も外國に行つて來たことなども、父の考えに強い影響を與えたらしいのです。
 と言つても父は、變に文化カブレのしたハイカラ軍人ではありませんでした。考えも、することも剛直で、ガンコ一點張りの人です。僕を育てるのに、たしか四五歳頃から、竹刀を握らして、いきなり劍道を教えはじめたことでもわかるでしよう。書きおくれましたが、僕の母は僕を生んで間もなく死にました。たいへん美しい女だつたそうですが、僕はまるでおぼえていません。微かに微かに、なにか、どこか頭の片隅にチラッと影の差すように、そして、そこから、なんかしら、青いような花が匂つている――そういう氣がする。しかし想い出せないのです。
 父は、死んだ母をホントに愛していたようです。たしか父の方で好きになつて貰つた妻だつたようです。そんな事を父は語つたことはありませんでした。いや、僕の母そのものに就て、一言半句、僕に語つたことが無かつたの
前へ 次へ
全388ページ中144ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング