貴島勉が、この二人との生活の中で、どのような位置を占めているのか、ハッキリとは、わからなかつた。しかし二人の話の中にチラチラ出て來る貴島についての言葉を綜合すると、貴島という人間が、一個の人格としてはほとんど捕捉することの出來ない位にシリメツレツに混亂し切つており、兇暴で異樣なものになつていながら、一面何か頑是の無い子供のようにひ弱で單純な所も有る人間であることがわかつて來た。佐々も久保も、その貴島の兇暴さのようなものを憎みながら、その子供らしい所を憐れみハラハラして見ているようである。一言に言つて、佐々と久保が、その全く違つた性格と生き方の、それぞれのやり方でもつて非常に強く貴島にむすばれているらしい事が、だんだん私にわかつて來たのである。

 それは實に妙な一夜であつた。
 暗い穴の底に横たわりながら、二時間も三時間もぶつつづけて、今の時代と社會について、ほとんど齒をむき出さんばかりの毒々しい言葉でもつて論爭している二人の青年。それを眠つたふりをして聞いている自分。あああ、これが一體夢でもなんでも無い、現代の正《しよう》の事であろうか?………ヒョット、これが戰線に於ける塹壕の中で、ドロドロになつた兵士同志が話し合つている光景だと思つて見た。そう言えば、佐々と久保、それから貴島も實際の上で戰友だつたと言う。何かハッとした。「そうだ!」と思つた。何がそうなのか、私にもわからなかつた。胸の底がシーンとなつて、何かが、そこから吹き上げて來るのを感じた。
 氣が附いて見ると、入口の階段の所が薄明るくなつて來ていた。やがて夜が明けるのだろう。二人の議論はまだ續いていた。

        14[#「14」は縦中横]

 その次ぎの日に、私は綿貫ルリに逢つた。
 それもアッケない事に、防空壕での一夜の歸り途に、しかも彼女自身の方からノコノコと私の前に姿を現わしたのである――

 次ぎの朝――と言つても、はげしい議論の後で、久保も佐々も、それに私も、さすがに疲れてわずかの間トロトロとしただけだと思つたのが、實は數時間眠つたらしく、今度三人が前後して目をさました時は、すでに陽が高く昇つていた。ムックリ起きだした佐々が、いきなり壕舍の天窓と入口の戸を開け放ち、私と久保を外に追い出して、掃除をはじめる。それをすましてしまうと、自分も外に出て來て、サルマタひとつの素裸かになつて、號令をかけながら體操をする。その間に、久保は炊事の水を汲みに附近の井戸へでも行くのか、バケツをさげてノソノソと姿を消す。すべてが、軍隊の野營地に於ける生活の延長のような感じである。薄曇りの五月の晝前の、あたり一面荒れ果てた燒跡の中で、それが又ピッタリと至極あたりまえの感じだつた。佐々の體操も明らかに軍隊でおぼえて來たもので、毎朝これをやるらしい。カラリと痩せた裸體だが、四肢の筋肉がよく發達していて、兩腕をふりまわしたり脚をひろげたり飛びあがつたりするたびに、すこし青白い皮膚の下で筋肉が面白いようにグリグリ動く。それをしばらく眺めていてから、私は歸る氣になつてそう言うと、いつしよに朝飯を食つて行けと言う。べつに心にも無いお世辭を言つている風は無い。
「だけど、ごつつおはありませんよ。おい久保お!」と體操の手はやめないままで、バケツをさげて戻つて來た久保に呼びかけ「おかずは無えんだろ? ひとつ走りなんか買つて來いよ。ゼニは俺のポケットにある。その間にメシはたいとく」「そうかあ」「早くしろよ」「おう!」それで久保が使いに行き、佐々が體操をやめて七輪に火を燃しつける。そうしながらも、私に話しかける。佐々の私に對する態度は、すこし馴々しすぎる位に親しみと敬意のこもつたものである。それでいて、昨夜私が眠つていると思つて「くだらねえ文士だ」と吐き捨てるように言つた調子も續いていて、その二つが面從腹背と言つたふうの矛盾した態度にはならない。どこかしらで私のことを「罪の無いオッサン」と言つたふうに輕蔑している事は事實だし、それを隱そうともしないが、敬意もなくさない。そこの處が私にはおもしろかつた。とにかく腹は立たないのである。久保の手帳のことを聞くと、その手帳を出して見せてくれる。貴島のことをたずねても、こだわり無く答える。しかし細かい事は何も知らない。貴島の性格や心理などについても知つていないし、知ろうともしていない。そんな事は全く問題にならないらしい。お互いに、あたりまえの、唯の友だちだと思つているようだ。……そうだ、そうかも知れないと私は思つた。それが普通かも知れないのだ。人間は昔から今に至るまで、大して變つてはいないし、又、今居るたくさんの人間の一人々々にしたつて他の人間とそれほど變つていないのかも知れない。一人々々の人間を特に他の人間とは違つた、わかりにくいもののように眺めるのは
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