は、治るか治らないかわかりませんが、古賀さんに頼んで、どこかの病院にでも入れて、手當てをしてやりたいと思うのです。とにかく、僕の手でめんどうを見る氣です。ルリもその氣でいます。
 生活の方はどうするか? それが一番重大な問題です。タミ子のめんどうを見て行くとなれば、相當金もかかるでしよう。久保の工場に入つて働いてもよいとも思いますが、それではいくらの金も取れないので迷います。或る程度のまとまつた金を掴むまで、横濱の黒田の所へ行くか、又はそう言つたような筋でもたよつて、すこし手荒い仕事をしてもよいとも思いますが、しかし、どういうのか、いくらそう思つても、そんな事をもう一度やつて見る氣にはなれないのです。惡いと思つたりするからではありません。善い惡いはまるで考えません。ただ、そんな事をして金を掴んで見ても、つまらない氣がするのです。それだけです。ですから、結局は久保の工場に入れてもらう事になるかも知れません。ルリも、結婚してからも、何か働らくんだと言つています。
 ルリは美しく、そして完全に一人前の女になりました。第一、とてもやさしい女になりました。僕はルリを見ていて、僕の知らない母親のことを思い出したりします。
 いや、こんな事を書くと笑われるでしようが、しかし事實そうなんですから、ほかに書きようが無いのです。
 ルリとタミ子は今、隣りの室で抱き合うようにして眠つています。波の音は、地の底からのように、ゴゴーッ、ゴゴーッと突きあげ、ゆすぶつて、僕ら三人を包んでいるのです。僕はホントにルリを愛します。

 實に變な氣がします。
 僕はウロウロ、ウロウロと二年近くを、なにをしていたのでしよう? それから、あの女を搜しはじめ、あちこちして、そしてタミ子を見つけました。タミ子があの女であるか無いか、わからず、そして今となつては、わからなくともよくなつている。僕がホントに見つけ出したのは、ルリでした。そして、氣が附いて見たら、あのゴロツキだつた自分が、いつの間にか一人の平凡な男に變つて來ており、ルリと結婚して、タミ子を養い、そして何かして働こうという氣になつているんです。どう言うのでしよう? あるいは、僕という人間が、ヤット立ち直つたのだと言えるかも知れませんが、しかし僕には改まつて、そんなような氣はチットもしません。ただズルズルとこんなふうになつて來てしまつたのです。
 ただ、死んだ父のことは考えます。
 なつかしいのです。そして、スナオに、父の前に出ても、なんだか以前ほど、うしろめたい氣はしないように感じます。父は、僕を、どこからか眺めて、靜かに笑つてくれているような感じがするのです。
 僕はアヤフヤな人間ですから、今後も動搖したりヘンテコになつてしまつたり、いろいろになるだろうと思います。それは、しかたが無いと思うんです。しかし、たとえどんなふうになつても、今後は、自分のカンジンの心持だけは、ゴロツキだつた時分のようにはならないだろうと言う氣がします。
 結婚をすませ、タミ子の入院などの事を一應かたづけましたら、久しぶりにルリと一緒にお訪ねしたいと思つています。



底本:「肌の匂い」早川書房
   1950(昭和25)年11月10日初版発行
   1951(昭和26)年11月10日4版発行
初出:「婦人公論」
   1949(昭和24)年8月〜1950(昭和25)年7月号
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2009年5月23日作成
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