、大體、このリストの女たちの中に、あの夜の女が居るかも知れないなどと思つた自分が、最初からどうにかしていたのだ。夢だ。それに、大體、あの晩のこと自體が夢ではないのか。あんな事はホントは無かつたのかも知れない。それは全部自分の幻想だつたかも知れない。復員直後、自分の頭の調子がおかしく、黒田組の中で酒びたしになつたり、阿片をやつた事もある――そういう状態でいた自分の頭の中にフッと浮びあがつた幻想を、いつの間にかホントにあつた事のように思いこんでいたのではあるまいか。……とにかく、こんな當ての無い搜しものなど、いいかげんに、やめた方がよい――
 その晩、行きあたりバッタリに泊つた旅館の寢床の上にあおむけに寢て、僕はツクヅクそう思つたのです。搜し歩くことに疲れたとも言えます。たしかに、よいかげん疲れました。夢みたいな事だとは最初からわかつていたが、とにかく初めのころは、その夢に一所懸命になれましたが、今はそれほど夢中になれなくなつています。その上に、實は、身をかくす時に黒田策太郎から渡された金も、ほとんど使い果してしまつて、もう僅かしか殘つていないのです。なんとかしなければ、探索して歩くことは愚か、間も無く食つて行くことさえ出來なくなることが目に見えています。
 イッソの事、強盜にでもなつて、早いとこ、パッパッと我が身の勝負をつけてしまうか。何が善い事で、何が惡いか、どうせ今の世の中で、そんな事がわかるもんか。よしんばそれが惡い事であつたにしろ、自分のカラダを張つて、つかまれば自分も縛られるか殺されるのを承知でやるんだから、それでいいじやないか。――そう言う氣がまだ僕に殘つているんです。
 しかし、そんな事をしても、つまらん。やつて見たところで同じ事の繰返しで、つまらない。メンドくさい。よせよせ、つまらん。……すると、俺はこれから、どうしたらいいんだ? 何をすればよいのだろう?
 しかたが無いから、又、黒田組へ舞いもどるか? そうしようと思えば、出來るのです。
 あなたへの手紙には書きませんでしたが、しばらく前に僕は、女を搜して、東京近在をあちこちしている最中に、偶然に品川驛のプラットフォームで、黒田組の杉田――あなたも御存じの一本杉です――にバッタリ逢つたのです。その時は僕は急いでいましたし、今さらあんな世界の話を聞いても、しかたが無いとも思つたし、一本杉の方でも、シンからなつかしそうにして、その後の話をユックリしたいらしかつたのですが、とにかく身をかくしている事になつている私をつかまえて人目の多い場所で、あまり長話しをしてはならない事は、さすがにその世界の常識で承知していますので、ホンの四五分間の立ち話で別れたんですが、その短かい話から推測すると、あの後、私が消えたので黒田組と國友たちの連中との間の紛爭は割に平穩になつていたが、それとは別に當局の暴力團體取りしまりが嚴しくなつて、現に黒田策太郎は檢擧されて今裁判中、國友大助は危險を感じたか、あの世界から全く姿をくらまして行方わからず。黒田組は、組の名を解消して、子分の連中は目下おとなしく土建屋になつたり荷役の仕事をしているが、しかし裏では相變らず昔と同じ。「あたしも、まあ、その方で働らいています。兄きも、もうホトボリはさめちまつたんだから、又戻つて來ちや、どうですかねえ。親父さんにや、あたしから言つときます」と杉田は言いました。僕は、ただウンウンと話を聞くだけで別れたのです。……そんなわけで、組へ戻ろうと思えば、なんの苦もなく戻れる。戻ろうか?……考えたんですが、どうしてもそんな氣にはなれないのです。
 そうすると、僕はどうすればいいのだ?
 フッと、一本杉が、その時の別れぎわに言つた「いつか、兄きを追つかけていた、ルリさんとか言つた綺麗な女ね、あれが、その後、二度も三度も、兄きのことをたずねに組の方へ來ましたぜ。一度は、例のホラ、丸まつちい身體の久保さんねえ、あの人と一緒だつたつけ」と言つたのです。その時は唯聞き流していたんですが、今こうして、前途の目標を失つてしまつて、ボンヤリ寢ころがりながら、それを思い出すと、不意にクラクラッとする位に、逢いたくなつたのです。久保とルリ。あの丸い、土佐犬のように默々とした久保。それから白く匂うルリ。なつかしい。逢いたい。……僕は無意識に寢どこの上に起き直りました。
 ……しかし逢つてどうしようと言うのだろう? 久保は僕とは違う。僕は久保と同じようには歩いて行けない。そしてルリは――ルリの事は、まだ何かしら僕には怖いのです。それに、今度ルリに逢うと、トタンに、ルリと僕との間に、何か非常によくない事が起きそうに思われるんです。いけない! 逢つてはいけない!
 そうして僕は再び寢ころがつたのです。その瞬間に山梨の山内久子のことをフッと思い浮べました
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