何を聞いてもわからなかつた。
 しかたなく私はすぐにそこを辭して表へ出た。殘るところは佐々に會つて見る以外にない。私はその足で荻窪へ向つた。今頃佐々が荻窪の防空壕にぼんやりしているとは思えないが、ほかにしようがない。
 荻窪の例の燒跡の近くまで來た時は既に夕方で、西の方に夕燒が薄赤く殘つて、空はまだ明るいが、地上は少し暗くなりかけていた。窪地へのダラダラ坂を私が降りかけ、くずれ殘つた石垣のところを※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]ろうとすると、そこからヒョイと出て來た男が
「おいおい、あんた何處い行くんだ?」と立ちふさがつた。ズボンに、カッターシャツの上に、スェーターを着た若い男で、ざん切り風にバラリと刈りこんだ頭髮の下に、噛みつくような眼をしている。聲の調子も態度も、つとめて押し殺したものだが、何か殺氣のようなものが來た。それを正面から受けて、私はドキンとした。いきなり兇器を突きつけられたように感じたのである。男は、然し兩手をポケットに突込んだまま私の方をうかがつているだけだ。(國友大助の配下の一人…………)と考えたのは、私にいくらかの餘裕が出た時である。
「どこへ行くんだね?」
「……君は何だ?」
「どこへ行くんだと言つてるんだ」
「そこの防空壕まで行く」私は既に見えている防空壕の方を顎でさして言つた。
「……何の用だね?」
「佐々君――佐々兼武という人に會いたいんでね」
「佐々?……あの、雜誌屋かね? 雜誌屋なら、今居ねえよ」
「そうかね……あんたは國友君とこの人かね?」
「國友? 國友だと? 大助かね?」眼を光らしたようだ。「……するてえと、お前さんは誰だ?」
 そこへ防空壕から人影が出て、スタスタこちらへ歩いて來た。見ると久保正三だ。例の急がない歩き方で近寄つて來て、睨み合うようにして立つている私と男をゆつくり見較べてから
「いらつしやい」といつもの眠いような聲で言つた。
「うん?」
 男はチラッチラッと私と久保へ眼を走らせて變な顏をしている。
「何だよ?」と久保へ言つた。
「う?……うん。いいんだよ。これは三好さんという人だ。貴島の先生だ」
 男は一ぺんにわかつたと見えて、急にテレた笑顏になり、私に詫びるようにペコリと頭を下げた。
 それを無視して久保正三は防空壕と反對の驛の方へダラダラ坂をのぼつて歩き出していた。自然に私の足もそれに從つた。
「おい久保さん、おめえ、何處へ行くんだね?」後ろから男が呼びかけた。
「うん、驛前で食物を買つて來るんだよ。じきだあ」と久保は答えて、並んで歩き始めた私に向つて
「あれは、黒田の子分です」
「黒田の?……黒田というと、横濱のその、貴島君とこの社長なんだろう? それが今頃あんなところで何をしているんだね? 何か、張り番でもしているようだが?」
「社長だなんて? なあに、ゴロツキの親分だな」久保は澄まして私の質問を默殺した。
「僕はゴロツキは嫌いだ」
「どうしてあんな男が、あんな所に立つているの?」
「今の男はズーッと貴島の護衞についている男ですよ」
「護衞? すると……然し貴島君は横濱に居るんだろう?」
「……あんな奴等は卑怯な奴等で、クズですねえ」
 この男と會話をする事は不可能である。彼が他人の問いに答えるのは、答えたいと思つた時だけだ。自分の言いたい時に、言いたいだけをポツリと口に出して、土人の樣に落着いている。この前の時にそれを知つているので私は別に驚かなかつたが、今日はとくにひどいようだ。
「あんな奴等は、世の中に居ない方がよいです」
「佐々君は今居るんだろうか?」
「佐々は三四日歸つて來ません。僕の會社のストライキで、デモだなんて言つて騷いでて、なぐり合いが始まつてね、十人ばかり警察へ持つて行かれたんです。そん中に佐々もまじつて居たらしいや。俺も會社の二階から見ていたけど、夜で暗いもんで、ハッキリ見えなかつた」
「すると……君はなにかね、貴島君の事について、最近何か聞きはしないかね?」
 返事なし。
「……ルリという女が――そうだ、君はまだ知らなかつたかな? 防空服を着た若い女だが、二三日前に、そんな風な女が此處へたずねて來なかつたかね?」
「さあ、知りませんねえ」
「いや、その女の事でなくてもだね、最近何か變つた事が無かつただろうか?」
「僕は毎日會社の爭議の方へ行つてるから何も知らないんです。……ただこの間から、そうだなあ、十日位前からかな、夜になると變な奴が三人も四人も、僕等の防空壕を遠卷きにしてウロウロしていますがね、たいがい毎晩ですよ。顏はわかりませんけどね。貴島をねらつているようです。………いや、さつきの黒田の子分などとは違つた連中のようです」
 氣の無い調子でそう言つてから、しばらく默つて歩いたあと、ヒョイと又脈絡の無い事を言いはじめた。
「佐
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