で眼をさました。私は一瞬、自分がどこに居るのか、わからなかつた。暗い中で息がつまりかけているような氣がした。鋭い恐怖が來て、次ぎにホントに眼がさめて、ああそうだつたと思つた。同時に、
「そうだよ、貴島は幽靈だよ! しかし君は幽靈よりや惡い。豚だ!」
 と言う聲が、天井のへんから聞えた。私には、はじめての聲だつた。暗いからよく見えないが、寢床の上段に寢た男が、寢たままで言つているようだ。後でわかつたが、それが佐々兼武だつた。私が眠つている間に歸つて來たらしい。氣配で貴島は、歸つて來ていない事がすぐわかつた。語氣から推すと、もうかなり前から言い合つているようだつた。私の眠りをさまさせないためらしい、押し殺した低い聲である。しかし、四邊が靜かなのと、壕の中であるため、ガンガンとひびく。
「豚だろうと、ケエロだろうと、いいさ。俺あ、てめえがわからねえから、わからねえと言つてるまでだ」
 ユックリした聲で、やつぱり暗くて見えない下の段から久保が言つた。
「ケエロ? ケエロたあ、なんだ」
「ケエロさあ」
「蛙か。…………フフ」
 それまで怒つていた佐々の聲が、短かく笑つた。しかし久保はそれに乘つて行こうとはしない。
「そうだなあ、こうやつて、土ん中の穴あ掘つて、そん中に又こうして棚をこさえてガッカリして寢ているところは、ケエロだな。フフ、しよう無えな」そこまで笑いをふくんだ聲で言つて、しばらく言葉を切つていたが、今度は更にムラムラと腹が立つて來たと見え、とがつた聲で「……そんな事じや無いんだ俺の言つているのは! なぜ君あ貴島んとこから十條へ引き返さねえんだ? 全體、今どんなにキワどい所に差しかかつているか、わからん筈は無いだろう?」
「だつて、腹あ、へつて、しようが無えから――」
「腹あ、へるよ! なんだよ、それが?」
「だつてさ、あすこにや食う物あ、もう、なんにも無えんだぜ?」
「あたりまえじやないか。遊山に行つてるんじやないんだぜ! 工場管理がうまく行くかどうか、つまり終戰後はじめての、この、新らしいやり方の鬪爭をはじめているんだよ。イクサだよ! だのに當の君たちがノコノコ歸つちまつたりしてたら、せつかく會社の連中をしめ出しているのが、又、取りもどされてしまうじやないか」
「君あ、腹がへつて無えから、そんな事が言えるんだよ」
「バカな事を言うな! そんな君、そんな――」

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