避ける氣持になつていたらしい。いつからそうなつたのか私にもわからなかつた。私自身も後になつて氣がついたことである……
「でも僕は、なんだかルリさんに變な事なぞ起きたんじや無いような氣がします。二三日したら、なんでも無く歸つて來るんじやありませんかねえ……そんな氣がしますよ」
 默つて彼の顏ばかりを見ている私の眼を、おだやかに見返しながら貴島が言つた。
「うむ。……君あ、あの晩、ルリになんかしたんじやないだろうね?」
「え? いいえ……そんな事はありませんよ」と相手はすこしシドロモドロに、視線をあちこちさせ、「そんな――ただ送つて行つて。……でも、あんな風な人、僕あ嫌いでないもんですから、いろんな話をしたり、いや、おもに話したのはあの人なんだけど……しかし、べつになんにも」
 耳に薄く血を差したようだつた。まるで單純な少年が戀愛の場面でも覗き見されて羞かしがつてでもいるように、ほとんど可愛いいと言つてもよいような感じだ。微笑の蔭から私がどんなに意地惡くギロギロと見搜しても芝居や惡意の影を見つけ出すことは出來なかつた。
 とにかく、そこには何かがある。にもかかわらず、貴島が故意に嘘を言つているとは私にはどうしても思えない。すくなくともルリの行方を知らないと言うのは事實らしかつた。いろいろの角度から、何をたずねても彼はスラスラと答えたが――答えがスラスラとしていればいる程、かんじんの點は捉まえどころが無くなつて行つた。私は少しジレて來た。貴島は貴島で、私がルリの事に就て彼を疑つている點がわかるものだから困つた顏で「なんでしたら、荻窪の僕の住いの方へ來て見てくださいませんか」と言つた。そうすれば、自分がルリの失踪にかかわり合いの無い事がわかるだろうという意味を含めた言い方だつた。「ホントにお手傳いして搜してもいいですよ。それに、僕といつしよに暮している男で、そういう事のバカにうまい奴も居ますから」その話を差しあたり打ち切りたいらしかつた。そして、すぐに又Mの事――と言うよりもMの知人で現存の人々の方へ話を持つて行く。その話になると變に熱心で、こちらが話をかわしても、又してもそこへ戻つて問いかけて來る。兩方の話が喰い合わず、チグハグになつて行くばかりだ。
「だけどルリの事では、とにかく早いとこ家の人たちに報告してやらなきやならんからねえ」
「ですから、なんでしたら今夜にでも―
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