千葉縣の海岸に來たのです。
あれから二三日して、タミ子が、どういうわけからか、「海へ行く、海へ行く」と言つてきかないのです。理由も原因も全くわかりません。たずねても答えないのです。
「どこの海へ行くの?」と聞くと、
「九十九里」と言います。以前に來た事があるか何かで、その時の記憶で言つているのらしい。しかたが無いので、三人で出かけました。必要な金はルリが出してくれました。
しかし、こうして此處に來てみると、來てよかつたと言う氣がしました。土地はただ何のヘンテツも無い、一直線の濱邊に、土用波が、むやみと大きな音を立てて打ち寄せ打ち寄せしているだけ。小さなさびれ果てた村の汚い宿屋に泊つて今日で二日ですが、あたりのすべての思い切つた單調さと、一分間も休みなくゴーゴーと濱邊をゆすつて鳴りわたる波の姿などが、變なふうに、僕ら三人にピッタリするんです。この波の力強い音と動搖から、のがれる事は絶對にできない。一瞬だつて、そこから逃げ出すことはできない。しかも、何か細かい事を小さい聲で言つたりしても、波の音にかき消されてしまつて、聞こえはしない。人が叫んでも波の音は、それごと呑みこんでしまう。人間の心理の細かいヒダなど、まるで無用なもののように叩きつぶされてしまう。……最初は息がつまりそうになりました。逃げ出しようが無いのです。しかし、いつたん逃げられないと思つてしまうと、これでいいんだと言う氣になつて、妙に落ち着けるのです。細々したことを考えたり、感じたり、言つたりする必要が無くなり、どうでもいいやと言う氣になるのです。
おもしろい事に、此處に來たらタミ子が、上野にいる頃よりも非常に落ち着き、頭も良くなつたようで、夜もよく眠るし、ほとんど普通の人と變らなくなつた事です。タミ子とルリは、たいへん氣が合うようで、まるで姉妹のようにむつみ合つています。年はタミ子の方がズット上なのですが、姉さんらしいのはルリの方で、すべてタミ子のめんどうを見るし、又、タミ子の方ではルリの言う事だと何でも機嫌よく聞きます。見ていると、それは、ほとんどイジらしい位です。
今後どうするか、まだ僕の氣持はハッキリきまつていません。しかし、東京へ戻つたら、一度ルリと二人で山梨の久子さんの所へ行き、それから高圓寺のルリの家へ行つて親や兄弟たちに話した上で、ルリと僕は結婚して家を持とうと思つています。タミ子
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