に妙な事が起きました。いや、僕の中でです。ブリッ! と何かが破けたのです。たしかに音を聞いた氣がします。同時に、カーッと血が頭に驅けのぼつて來て、一度に猛烈に腹が立つて來たのです。ルリに對してです。いや、それはルリに對してではありません。もつと別の――そう、なんだかハッキリわからないものへ對してです。しかし、やつぱりルリに對してだと言えない事は無い。なぜなら、そうして近づいて來たルリに、いきなり、おどりかかつて、なぐりつけはじめていたのです。狂つたようになつていた。いや、ホントに狂つていたにちがい無い。猛烈な勢いでルリの顏と言わず肩先と言わず、なぐりつけた。ルリのツルリとキメの細かい青味がかつた頬が、僕の平手打ちの下でビシッ、ビシッと濡れたような音を立てたのを、僕はおぼえています。あとはどれだけ、なぐつたのか。「ちきしよう! ちきしよう!」と口の中で唸るようにして、しまいには、ルリの襟髮を左手で掴んで、右手でなぐりつけていました。ルリは、はじめチョット抵抗しましたが、直ぐにグタッとなつてしまい、なぐられるままにしています。そのまつ青な、死んだような、眼がつりあがつてしまつたような表情を、僕はおぼえています。僕はあの表情を忘れない。………氣が附くと、立つているのに耐えきれなくなつたか、ルリは坂道の端にしやがんでしまつている。それを、僕はまだ叩きつけていました。タミ子は、びつくりしてしまつて、口をポカンと開けて立つたまま見ていました。
そして、そうして、ルリをなぐりつけている最中に、僕は、自分がルリを愛していることを知つたのです。愛していると言うよりも、惚れていると言うのがピッタリする。自分が惚れているのは、ホントはルリである。それはズット前からそうだつたのだ。それが、今まで自分にもわからなかつた。
俺が愛しているのはルリであつて、タミ子なんかでは無いのだ。バカ! バカ! バカ!
……僕は手が痛くなり、なぐるのをやめました。ルリは、氣が拔けてしまつたようにグタリとしやがんで、僕の足元を見ています。タミ子は、ちぎれ飛んだルリの服のボタンを地面から拾つているのです。僕はなんにも考えられませんでした。ただ、そのタミ子と、ルリの顏に眼をさらしているきり。ルリの顏は、僕からなぐられた頬あたりは見る見るうちにクッキリと手の平の形に紅く血がさし、僕の手の當らなかつたアゴや額など
前へ
次へ
全194ページ中190ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング