業の新興事業家だつた。ただ他の成金とちがうのは、戰爭以前から――財閥に深い關係を持つていた實業家、言わば名家の次男であつて、戰後財閥解體のアホリを食つて、ほとんど無一物になつたが、――財閥關係の人的關係のつながりは依然として殘つていて、金融方面ではそれがなかなか物を言う。そのような關係をうまく利用して土建會社を起して成功し、今ではその會社の會長で、他にも二三の會社に關係している。戰爭中、まだ小夜子が女優をやつていた時に、そのパトロンだつたが、終戰直後、妻を失い、間も無く、正式に小夜子を後妻として迎えた。先妻の子が二人いるが、二人とも既に大きく、別棟の家に別居の形。小夜子には、まだ子供無し。生活は豐かで、小型の自家用車を乘りまわし、月に二三度は外國人などを招いてダンス・パーティを開く由。立派なブルジョアの生活。しかし、すべてに夫妻の趣味の良さが行き渡つていて、成金式のゲスな所は無く、小夜子は非常に滿足しており、幸福に見える。顏も姿もサエザエと美しい。
――一時間ばかり會つて話している間に、自分が總合したのは以上のような事であつた。Mさんの事を言うと、「ホントにねえ、なんと申したらいいんですか……どうして又、いくら芝居をするためとは言いながら、原子爆彈の落ちる十日ばかり前なんかに、選りに選つて廣島なぞにいらしつたんですかねえ。あの方の事を思うと、今でも泣けて來るんですの」と言いながらサメザメと涙を流す。
その言葉つきや涙の顏などが實に綺麗で、まるで芝居でも見ているよう。全體がどうも美しすぎる。言葉も動作も。自分はそれを見ながら、これまでに訪ねて行つた數人の女たちがMさんの事を語る語り方が、それぞれに違つていたのを思い出していた。特に前の椎名安子のそれと、山内久子のイハイの事、それから立川景子の悲しみ方などを、この志村小夜子の涙と心の中で較べていた。椎名安子は、自分には少し怖い。近よりにくい。立川景子は、なにか誇張して、別に惡い意味では無く行き過ぎているような氣がする。山内久子はイハイを見ていても、泣いたりはしなかつた。ただ默つて、深い強い目色をしていただけ。……そんなふうに思つていたら、どういうわけか急に、もう一度、山梨縣の久子の家に行つて見たいような氣がした。……ところで、この志村小夜子のこの美しい涙は、すると、どう言えばよいのだろう? たしかにそれは悲しみの涙で
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