――しかし、いずれにしろ、綿貫ルリの事は、自分にはよくわかつていない。終戰後、わずか半年あまりの附き合い――と言つても、時々訪ねて來ては、いろいろの事について私の意見を聞きたいと言つていながら、ほとんど自分一人で喋り立てては立ち去つて行くというだけの交渉――の間に、私にわかつた事は、ただ、彼女の性質が、一本氣で、血統と育ちから來た率直さ――たいがいの事にたじろいだり惡びれたりしない強さと「少女小説」風の感傷癖が、こぐらかつて入れ混つているらしいと言う事ぐらいの所である。それも、ただ、受身の、しようことなしの推測に過ぎない。それが、この書き置き一つを土臺にして、いくら考えて見てもハッキリした事がわかる道理は無い。…………要するに何か妙な事が彼女の上に起き、それに貴島が關係しているという事だけは、たしかである。だが、私は、貴島のことを、小松敏喬に話すのはよした。早まつて貴島の名を言い出して、もしかするとなんでも無いことかも知れない事がらの前に、カラ騷ぎを演じることになつてもつまらぬと思つた事と、とにかくあの晩ルリを送つて行つてくれるよう貴島に言い出したのは私だから、多少の責任みたいなものが有るようだし、氣がかりでもあるしするので、さしあたり自分だけで今日にでも貴島勉に會つて見よう、という氣に、なつていたのであつた。
「わかりました。……少しばかり心當りが無いこともありません。問合せてみましよう。何かわかりましたらお知らせします」
「そうお願いできると實にありがたいと存じます。なんとも、どうも、とんだ御迷惑さまですが……母親など心痛のあまり寢ついたりしてしまいまして――」
「……そいで、ルリさん――いや、芙佐子さんの御親戚……何かの場合に一時身を寄せると言つたようなお家は、東京に?」
「はあ、二軒ばかり親戚は有るには有ります。しかし、いずれも……御存じの通り、こんなことになりまして、……もと京都から來た貧乏華族の家でして、それだけに又融通が利かないと言いますか、今度のなん[#「なん」に傍点]では實際よりも以上に、この、こたえるんですなあ。もうスッカリ動てんしていまして、もう、たとえ、親類同志の間でも、他家のことなどを構つているユトリはありませんで、はあ。それに、いまだに格式と言つたような事にこだわつておりまして、この、芙佐子が女優になつた事なども、一門の恥じ……まあ、そう
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